3年1学期に覚える言葉 | 早期晩年に想う

3年1学期に覚える言葉

凡(およ)そ生まれて人たらば 宜(よろ)しく人の禽獣(きんじゅう)に異なる所以(ゆえん)を知るべし


人と動物と言えば、私が今読んでいる司馬遼太郎先生の「花神」新潮文庫下巻の中に高杉先生の最後の漢詩が出てくる。松陰先生門下の高杉晋作先生は27歳でこの世を去っているが、この漢詩の場合動物は鳥であるが.



     数日来鶯鳴檐前不去 賦此贈鶯
        数日来鶯檐前(たんぜん)に鳴きて去らず 此を賦して鶯に贈る (絶作)



    一朝檐角破残夢  二朝窓前亦吟弄
    三朝四朝又朝朝  日々来慰吾病痛
    君於吾非有旧親  又無寸恩及君身
    君何於我如此厚  吾素人間不容人
    故人責吾以詭智  同族目我以放恣
    同族故人尚不容  而君容吾果何意
    君勿去老梅之枝  
    寒香淡月我所欲  為君執鞭了生涯



一朝檐角残夢を破る 二朝窓前亦吟弄す
三朝四朝又朝朝 日々来たって吾病痛を慰む
君は吾に於いて旧親あるに非ず 又寸恩の君に及ぶなし
君何ぞ我に於て此の如く厚き 吾素人間(じんかん)人に容(い)れられず
故人吾を責めるに詭智(きち)を以ってす 同族我を目するに放恣(ほうし)を以ってす
同族故人尚容れず 而して君吾を容る果たして何の意ぞ
君去る勿れ老梅の枝 
寒香淡月は我が欲する所 君が為に鞭(むち)を執って生涯を了(おわ)らん



司馬遼太郎先生は、この詩を本の中で、

顔に紙をかざして書いたらしい。

詩は、長い。毎朝、紙障子のむこうの梅の木にきて啼くウグイスをよんだものである。

そのウグイスを、「君」と、よびかけている。(司馬遼太郎著 新潮文庫「花神」下巻より)と書いてある。


 高杉先生もその若い人生を終わろうとするとき老梅の枝にとまり来るウグイスに思いをめぐらし、優しく語りかけていることか、

 私も松陰先生の言われる、人としての心を持ち、高杉先生の詠まれた心境を持って生きていけるよう、努力したい。、