マン・オン・ワイヤー
1974年8月7日。
この日、ある男がそれまで誰も挑戦したことのない、
「史上もっとも美しい犯罪」
を成し遂げた。
それは、今は無きニューヨークの
ワールドトレードセンターツインタワービルの間に綱を渡し、
その上を綱渡りで渡るという挑戦だった。
地上から450メートルという絶望的な高さ。
高所恐怖症でなくても目がくらんで、
まともに下を見続けることなどできないようなそんな高い場所。
そんな高い場所に長時間滞在するというだけでも、
常人には考えたくもないようなことだというのに、
あろうことか、命を懸けて綱渡りをするという試みには、
驚嘆するというか、あきれてしまうというか・・・
ちなみに、この映画は
今年のアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー賞に輝いた作品です。
正直、予告を観ていた段階では、
たしかに二つのビルの間にこっそり綱を渡して、
ゲリラ的に綱渡りをするというのは難しいことだろうなとは思っていたが、
それでも示し合わせてパッとやれるもんじゃないかと考えていた。
実際には、そんな想像を遥かに越えた困難が待ち受けていて、
何度も何度も視察を重ね、
屋上で撮った写真を基に屋上の模型を作り、
会議を開いて進入経路、搬入経路、
どうやって内部に入り込むのかということから、
何が必要とされ、二つのビルの間にどうやって綱を張るのか、
ありとあらゆることが会議で検討されていた。
会議で検討するだけでなく、
想定される風の強さなどを考慮した上でシミュレーションを繰り返す。
それらの計画を何ヶ月もかけて練り上げ、
そして1974年8月3日。
いよいよ、計画は実行され一トン以上もある機材は
秘密裏にツインタワーの屋上のすぐ下の階に運び込まれた。
ビルの間の綱渡り。
ただそれだけのための一大プロジェクト。
このプロジェクトの首謀者はフィリップ・プティ。
それまでにもパリのノートルダム大聖堂や
シドニーのハーバーブリッジやその他様々な場所で
綱渡りを成功させている大道芸人だ。
一歩どころか、数ミリ足運びを間違えただけで命を失うという、
450メートルの高さで彼は渡されたワイヤーの上をただ歩くだけではなく、
ワイヤーの上に寝そべってみたり、
ひざまづいて見せたりと信じられない行動を繰り返す。
結局彼は、45分間を二つの超高層ビルの間で過ごし、
その間に8回ツインタワーの間を往復した。
取り押さえに向かった警官はフィリップの綱渡りをこう評している。
「彼がやっていたのは綱渡りではなく綱ダンスだ」
言い得て妙です。
ワイヤーの上で恐ろしいまでの集中力を見せる彼は、
ひょっとしたらZONEに突入していたのかもしれません。
それを示唆するのが
「勘違いかもしれないし、信じてくれないかもしれないが、
綱の上から地上を見下ろした時、こちらを見ている人達の姿がハッキリと見えたばかりか、
声までが聞こえたような気がしたんだ」
というフィリップ自身の言葉です。
極限まで高められた集中力が彼をZONEへと導き、
研ぎ澄まされた感覚が地上の観客との交流を促したのかもしれませんね。
『マン・オン・ワイヤー』は
京都みなみ会館で上映中。
8月14日まで。
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