太宰府天満宮境内の飛び地にある神社、榎社(別名:榎寺)へ参拝してきました。
鳥居の前には西鉄天神大牟田線が走ります。
太宰府天満宮や坂本八幡宮の賑わいに比べこちらは人気もなくひっそりとしていました。
ここは大宰府へ赴任した高級官人の官舎である鴻臚南館の一部だったと言われており、菅原道真公が901年に大宰府へ左遷されてから903年にお亡くなりになられるまでの住居の跡でもあります。
1023年に大宰府を治めた藤原惟憲が菅原道真公を弔うために浄妙院を建立。
境内に榎の大木があったため後に榎寺(明治の神仏分離で榎社へ)と呼ばれるようになったそうです。
9/20~9/25に行われる太宰府天満宮の神幸祭には、榎社において御神輿の御神幸が行われるのですが、その際にはここも賑わうようです。
御神幸の際に到着した御神輿はまず道真公のお世話をしたとされる浄妙尼を祀る奥の小社に感謝の御幣を捧げ、一夜を過ごすお旅所となるようです。
参道や浄妙尼社前の石台は御神輿を安置するためのもののようです。
菅原道真公の娘である紅姫をお祀りしてある紅姫の社もあります。
道真公の亡骸を運んだ御神牛の出発点でもあり、御神牛奉納の石碑があります。
太宰府天満宮の御神木である飛梅ですが、菅原道真公が太宰府に左遷された際に、道真公を慕う庭木の梅が京都の住まい(紅梅殿)より一夜のうちに飛んで来て太宰府の地に降り立ったとされています。
榎社より数分歩いた、こんなところに?!な住宅街の私道のような場所に「飛梅」の原木がありました。
「本来の飛梅は、太宰府天満宮の本殿造営の時に社前に移植し、この梅は往昔のあかしとして植え継がれたもの」だと立看の「原木の縁由」にありました。
この原木は、本来の飛梅から株分けしたものを植え継いでいるのでしょうか。
下の地図の「榎社」の左下に「飛梅(原木)」と表示があります。
太宰府天満宮~坂本八幡宮参拝の際には、近いですしこちらへも足を運ばれると宜しいかと思います。
御朱印は無い?と思われます。
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