英彦山神宮(一の鳥居〜銅鳥居〜奉幣殿〜上宮登拝)【福岡県田川郡添田町】 | 酒と神社とテクノと私

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なかなか県外へ出られないので、熊本県外の神社への参拝へ行けません。

高校生の息子と英彦山神宮へ参拝して来ました。

英彦山神社が鎮座する英彦山は、福岡県と大分県の県境にあり、古くから神の山「英彦山権現様」として信仰を受け、熊野大峰山(奈良), 羽黒山(山形)と共に「日本三大修験山」の一つです。

明治維新の神仏分離令により「英彦山神社」となり、1975年に「英彦山神宮」と改称されています。

「山上の上宮まで参拝に登るべきと思うが、歳取るとさらに大変になるだろう」ということで若いうち(?)に行って来ました。

 

まずは一の鳥居が「ここですか びっくり !?」という場所(地図上左上の位置)にあります。

英彦山神宮は青矢印の位置に鎮座します。(地図はGoogleマップを改変)

 

川にかかる日田彦山線の鉄道橋をくぐる道の先に一の鳥居が見えます。

英彦山神宮へ向かう500号線ができる前は、1本彦山川寄りの道がメインの通り(参道)だったのでしょう。

現在は、一の鳥居から向こうはすぐに行き止まりになっています。

 

 

一の鳥居からGoogleマップで計測すると約5.6kmの位置に銅(かねの)鳥居があります。

1637年に佐賀藩主である鍋島氏によって建立された、その名の通り青銅製の鳥居です。

ここから奉幣殿まではスロープカーもあるのですが、普段から果てしなくても、途中に駐車場があっても、なるべく最初から参道を通って参拝することにしていますので(今回はさすがに一の鳥居から歩くのは断念しました)、スロープカーは利用せずに奉幣殿まで続く石段の参道を登ります。

明治維新前後からの国家のために殉職された方を祀る招魂社が参道の途中にあります。

 

 

奉幣殿まで10~15分ほどかかりました。

既にくじけそうになりながら国指定重要文化財である奉幣殿に参拝します。

社務所などもこのエリアにあります。

 

英彦山は北岳, 中岳, 南岳(主峰)の三峰からなり、それぞれに以下のように御祭神が祀られています。

主祭神:正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命(北岳)

祭神:伊邪那岐命(南岳), 伊邪那美命(中岳)

中岳の頂上から山腹にかけて、上宮(御本社)~中宮(中津宮)~下宮(下津宮)があり、その下に奉幣殿があります。

他にも招魂社や摂社末社として産霊神社, 玉屋神社, 大南神社, 中島神社, 上津神社, 鳥尾神社, 坂本神社, 学問社などが三峰に点在しています。(招魂社と産霊神社は今回の参拝ルートにあります)

 

奉幣殿の横に上宮へ続く参道への入り口である鳥居があります。

登り始めるとすぐに下宮があります。

所々に何m地点と示す立て札がありますが、なかなか距離が減らないので心が折れそうになるだけです。

ひたすら石段が続きますが、段の揃った綺麗な石段とかではなく、ほぼ天然に近いような石がゴロゴロとしている所も多く非常に登り辛いです。

鎖場も2ヶ所ありますが、高校生男子は鎖も掴まずにひょいひょい登って行きます。

こちらはそれどころではありません...。

 

中腹に中宮、上宮まであとわずかという地点に産霊神社があります。

 

 

奉幣殿から1時間半程度かけてやっと上宮に到着です。

上宮は正面からのサイズ感が良く分からない写真をネットで見ていましたので、祠みたいなものかと思っていたのですが、横から見たら拝殿~本殿という立派な社殿になっていました。

今日はたまたま山開きの日でしたので、上宮と奉幣殿前で祈願祭が11時から行われたようです。

人が多くなるのを予想して早目に登拝しましたが、上宮も我々が登拝した30~40分後には写真(英彦山神宮のホームページより転載)のような状態になったようです。

 

上宮から降りてきて疲労困憊の状態で社務所で御朱印をいただきましたが、きつかっただけに今回ほど達成感の強い、いただけた感が強い御朱印は初めてでした。

歳とると行けなくなりそうと思っていたのですが、実際はそこそこの高齢の方も上宮まで参拝へ登っていらしてました。

今回は元気いっぱいの高校生男子(こちらに気を使ってゆっくり行ったつもりのようですが)に何とか付いて行こうと相当に無理をしました(結果、付いて行けてはないです)が、本来は自分のペースでゆっくり登れば良いかと思います。

くじけずに何年かに一度ぐらいは心改めに登拝したいと思います。

 

 

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