ご無沙汰しています。

息子が生まれて一年半近くになろうというところです。


息子はまだハイハイで移動しているのですが、先日保育園で2.3歩歩いたと先生からお迎えのときに言われました。


息子のはじめの一歩を見逃したことがかなりショックで、息子が歩く姿を見たくて、仕事を休んで1日中付いて周りたい気持ちです。


まさか、仕事のせいではじめの一歩が見れないとは想像していなくて

(そんな可能性は全然あるのに)、これからも成長の節目を見逃すんだなと思うと心がギュッとなりました。


職場の人にいうと、私は育休長く取ったので見れたけど、保育園に預けたら見逃すのは当たり前ですよ~。と言われたけれど、他人がどうとか関係なく、私は子どもの成長を見ることをとっても楽しみにしているんだと気づきました。


育休中は私が一番に、成長の兆しを発見できていたので、保育園の先生がはじめに見ることになるんだなぁと育休中とのギャップを実感しました。


時間を巻き戻せないので、なんだか悲しいのです。

息子が私の前でも歩いてくれたらこのザワザワ悲しい気持ちは落ち着くといいな。

こんにちは、お久しぶりになりました。

今年の春無事に赤ちゃんが産まれました。

へその緒が首に絡まりつつも産道を力強く通って出てきました。大きな声で泣いて頼もしい3454g男児です。



赤ちゃんとの生活は最初の4ヶ月は頻回授乳で産後の身体ということもありしんどい日々でした。生後5ヶ月くらいになってくると赤ちゃんもしっかり首が座ったり、だっこの時間が減ってきて余裕が出てきました。毎日児童館や保育園にお出かけして楽しい日々をおくっています。

こどもは想像していたより遥かに可愛いです。こんなに愛しいと思う感情が自分の中にあったなんて新発見です。赤ちゃんの表情が増えてきたり、色んな声を出すようになったり、意志がみえたり、好きな食材があったりして、少しづつ人らしくなってくるのが愛くるしいです。

子どもはあまり好きじゃなかったし、どう接していいかわからない存在でしたが、今となっては他人のこどももすごく可愛いと思います。

子育てなんて多くの人が経験するありきたりの経験だと思っていました。ですが、自分で経験すると、産む前には想像もできなかったことだらけの生活で楽しく刺激がありますね。

赤ちゃんとの暮らしをこんなに楽しめる自分でよかったです。自分にとって子どもを持つベストタイミングだったと思います。

現在40週3日、まぐちゃん(胎児ネーム)は全く産まれる気配がない、


体重増加も甚だしい。食事内容は気をつけているけど。


夫のお腹を愛でる様子が可笑しい


リボン付きのタイツや下着を着ていると「まぐちゃん似合ってるね」って写真を撮る。おへそが出べそで犬の顔みたいだから。


愛しいなぁ。全部。早く会いたいような、もうちょっと自分の時間を楽しんでたいような。


とりあえずお義母さんが赤ちゃんに会いたそうなので家を片付けておこう。





2023年明けました。おめでとうございます。


2022年は、妊娠で幕開けた1年間でした。2021年の大晦日に妊娠検査薬で陽性、どきどきしながら過ごしたお正月、


つわりで苦しみ始めた2月、ごまさん(胎児)の心拍が停止したことが分かったのが2月末、結婚式1週間前。


結婚式のキャンセル、流産手術の入院、上司への報告、つらい春でした。


あれから、まぐちゃん(胎児2)が、お腹に宿り今年のお正月はまぐちゃんと過ごしています。


まぐちゃんはお腹の中で元気に動いています。ごまさんの胎動を感じることが無かったから、お腹にポコポコと赤ちゃんがいることを実感したとき本当に感動しました。


それと同時にもしごまさんが大きくなっていたら、こんなふうに動きを感じたんだとおもいました。


自分がこんなに何かを愛おしく思えるなんて、初めての感覚であり、新しい感情です。


とにかく無事に、元気に産まれてきて欲しいと、頑張って生きてほしいと心から思っています。


3月、無事に産まれてこれるように、私もまぐちゃんも健康にいられるように祈っています。




流産後(以後🐉と書きます。)、仕事復帰して早3ヶ月。もうすっかり元の体に戻った。手術当日までのつわりも嘘のようになくなった。

つわりで思うように仕事が出来なかった2ヶ月を取り戻すようにはたらいている。

妊娠が終わって仕事もプライベートも元通りだけど、心の中はいろいろ確実に変わった。


   

やっぱり🐉を経験してから、妊娠の話、新生児の話はちょっと心がキュッとなる。


男性の同僚に新生児がいるので、その話もキュッとなる。

「わたしたちの赤ちゃんだけ、、どうして?」と考えても仕方のないことを、なんとなく思ってしまう。

妊婦さんにはうらやましい気持ちになる。

🐉でこれだから。これから赤ちゃんを持つことができるとわかっていても心はキュッとなるんだから、
不妊治療をしている人も、子どもをもたない体質で子どもがほしい人の気持ちは本当に計り知れない、むなしさや哀しみがあるかもしれない。

🐉で分かったことは、世の中の人は何かしらの哀しみをかかえながら、気丈に生きているということ。

哀しみが折り込み済みの「生」だということ。
それをわかち合うために、人がいるということ。
これからも哀しみは起こるということ。
哀しみは忘れる必要がないということ。

時々しんどいけど生きるってそういうこと。








流産が分かった次の日は祝日だった。


流産発覚の翌日も涙が止まらない。つわりも終わらない。嘔吐もしてしまう。なんの意味もないつわりに苦しむやりきれない気持ち。


ずっと夫はそばにいてくれる。泣いてることに気づくと、横で一緒にいてくれる。


まだお腹にはごまさんがいる。

そう思うと悲しいし、手術もとっても怖い。


手術は来週だ。手術後は7日間安静なので、会社へ報告しなきゃいけない。


上司への報告。なんて言えばいいのかわからない。

「流産しました。」は直接的過ぎるかなぁ。

「妊娠がうまく行きませんでした。」かなぁ。


なんて言ったらいいかわか



らないけど、とりあえず翌日職場へ報告に出勤した。


とりあえず妊娠の事を知っている人は4人。全員男性。


まずは、一人の上司に報告。

「妊娠していたんですが、うまくいきませんでした。来週手術があるので、一週間お休みします。」

上司は「泣きそう、」ってうなだれていた。感情的な上司の姿を見て、私も涙が出そうに。。。


次は部長に。

「妊娠していたんですが、流産になりました。」と報告。

部長は「そうですか。」と涙を浮かべて。「実はうちも2番目の子が生まれなくて…」と、体験談を話してくれた。いつもの部長の1から10に話を広げる感じで話を聞いているうちに、私の感情も落ち着いてきて、泣きそうな気持ちが引っ込んだ。


最後は、一番お世話になっている上司に報告。上司は表情を変えずそうですか。とだけ言った。


さぁ。もう、わたしは家に帰ろう。、早退しようとおもって会社を出た。


明日から手術後の安静も含めて10連休だ。



昨日結婚式を延期にする旨を、夕方電話で母に伝えた。

母はパニックなってた。

昼に結婚式の相談をしたばっかりだったから。

「いつわかったの?」との質問に「今!」と感情的に答えてしまう。「今どこにいるの?病院?」

「家」わたしははやく電話を切りたかった。母はパニックだから色々聞きたいみたいだけど、私には全く余裕がない。

数時間後、母からまた電話。出なかった。

改めて「大丈夫?」とラインが来る。大丈夫なわけないじゃん。大丈夫って言わさないでよ。ラインは何も返事をしなかった。


母は夫に連絡したみたいだ。

「明日行こうと思うんだけど。」って。

夫は「はぁ。」とだけ答えたそうだ。私が嫌がるからなんとも言えなかったそうだ。

ちなみに母は関東に住んでいるので、関西まで新幹線で5時間以上はかかる。

わたしは絶対に来てほしくない。そんな状況じゃない。


翌日の昼頃、母から「新大阪に着きました」と、ライン。「迷惑かもしれないけど行きます。」って。

わたしは「迷惑だから帰ってください。」と答えた。そしたら、母は「今日帰ります。」と。違うんだよお母さん。お母さんに会いたくないの。いちいち人と会える心の状態じゃないの。それも説明しなきゃいけないことがすごく負担だった。ずっとそうだった。今までの人生ずっと。お母さんは私のためにと思って、心配で仕方なくて行動するけど。それは私の気持ちは考えてないよね。私の気持ちを慮るという概念が無いよね。自分が心配だから娘の近くに行きたいっていう自分の気持ちを優先してる。ずっとそうだった。悲しい。





わたしは結婚していて、

夫がいる。


去年の大晦日に妊娠がわかった。

初めての妊娠で嬉しいという気持ちよりも、そうかぁ。妊娠したかという気持ちだった。


本屋さんでたまごクラブを買ってきて、わたしもたまごクラブを買うようになったんだなぁと思った。


妊娠3週目くらいから車酔いが始まって、バス通勤がきつくなった。


夫が自動車通勤から自転車に変えて、自動車を譲ってくれた。


5週目からつわりが始まって気持ち悪くて、持ってるズボンのボタンを開けながら過ごしてた。

どんどん胃が調子悪くて、便秘もひどくて、体調が悪くなってった


6wには赤ちゃんの姿が確認できた、


つわりは酷くなるばかりでつらかった。夕方からどんどん気持ち悪くなっていった。


8週目赤ちゃんの心拍も確認できて、もらったエコー動画で、胎児の心拍の早さに驚いたり、愛しい気持ちが育ってた。


つわりはさらにひどくなってった。


11週目、赤ちゃんの心臓は止まってた。9週2日目の大きさだった。流産だと知らされ、来週手術があるといわれ、予定を聞かれた。

5日後がマタニティウエディングの予定だった。


とりあえず結婚式の2日後に手術をお願いした。手術の細かい説明は

血と痛いことが苦手なわたしには貧血ものだ。過呼吸になった。


「採血行きますよ」予定外の採血に動揺した。いつも迷走神経反射で倒れてしまうから。


看護師さんが来る間、やっぱりいま採血できないと伝えようとした。


看護師さんに伝えると「今日じゃないとだめです」と言われた。


観念した、採血後も寝たまま10分くらい横になりたいといった。


看護師さんが出ていったあと

頬に涙がつたった。


会計に呼ばれるまで時間が長く感じた。妊娠用の書類を返却され、手術の会計について説明があった。


会計のお姉さんも、心なしか神妙な顔付きだ。会計には生まれたての赤ちゃんがいた。お腹の大きな妊婦さんばかりが目についた。


病院の自動ドアを出たら、涙が止まらない。あぁ夫はどう思うかな。その日は珍しく在宅勤務していた。家には夫がいる。それはせめてもの救いだ。


最近、よくナリ心理学を読むけれど


優等生でいなくて良いんだ。って知って、でも自分は優等生って思われたいなんて思ってないなぁ。という感想だった。


最近、集団で講習を受ける機会があって、講習についていけなくなるタイミングがあるのですが、そこで手を挙げられなかったり、できないことを隠そうとする自分に気付いた。


「出来ないってバレたら恥ずかしい」


あっ、私こんなこと思ってたんだ。

こういう場面で、出来ないです。って手を挙げたら、できない人って思われるって思うんだ。


と気づいた。


実際ついていけなかったので、「すみません。ここが出来ません」と声はあげられて対応してもらったけど。


え!

出来ない→恥ずかしい→バカにされたくない→そのままのわたしじゃバカにされる→だって人より出来ないとお母さんに怒られる


とかまだ思ってたんだなぁ。

まだまだお母さん問題の渦中にいるんだと自覚。


9月の3連休、大学時代の友人とショッピングをした。

彼女はみんなが知っている大企業に総合職で勤めている。

毎日終電まで働いて、朝出社して、男性と同じように働いている。

 

わたしは驚いた。そんな働くんだ!って。たぶん残業代はつくし、給料も沢山だとは思うけれど、

誰もができる仕事じゃないよなー

、彼女は完全にバリキャリ。

 

一方私も、自分ではバリキャリと思っていた。。。

けど気楽なんだ。残業は大抵しないようにするし、

 

あ、彼女よりは遊びながら仕事してるなぁと思いました。

結局自分でこころからそう思えていないからこのしんどさがあるんだろうけれども。。。

唐津シーサイドホテル最高だったんなぁ。
スパも充実していて♡♡