キリスト教における「リベラル」とは、本来19世紀に台頭した「自由主義神学」と、その影響を受けた諸教派、諸教会の神学的な傾向を指す言葉でした。

しかし現在はこうした本来の意味を離れて、自らを「福音派」と称する保守的な信仰グループが、自分たちとは異なる信仰を守るグループに対する中傷として「リベラル」という言葉を使うことが増えています。ここではリベラルが「逸脱した間違った信仰」「キリスト教を名乗りながら似て非なるもの」「異端」とほとんど同義に使われています。この対立はアメリカで顕著ですが、アメリカの福音派の影響を受けた教会が世界各地に増えていく中で、世界中にこの対立も輸出されています。もちろん日本も同じで、ここ10年ほどの間に「リベラル」が罵倒や中傷の言葉として使われる機会が増えてきているように思います。

福音派は保守的なクリスチャンだと一般的には言われていますが、実際には20世紀になって勢力を広げた新しいグループです。プロテスタント教会は16世紀の宗教改革によって生まれますが、宗教改革の流れをくむ伝統的な教会の多くは自由主義神学の成果を取り入れた、本来の意味でのリベラルな信仰を守るグループです。

こうした伝統的な教会は20世紀になってから相互交流を活発化させ、教派を越えてキリスト教の教会として社会に情報や意見を発信していこうとするエキュメニズム運動(教会一致運動)を始めます。エキュメニズムを実現するためには、教会や教派の「違い」にばかり目を向けず、キリスト教会が長年に渡り守ってきた「共通の信仰」に目を向けるようにしなければなりません。じつは福音派はこうしたエキュメニズムの流れにも異を唱えています。福音派の言う「リベラル」は、エキュメニズム運動に関わっている教会という意味でもあります。

と、云う説明があり納得。