アメリカ大統領選の民主党候補者であったカマラ・ハリス。

 

彼女にはジャマイカ人(父・ドナルド)とインド人(母・シャマラ)の血が流れています。

彼女は1964年カリフォルニア州アラメダ郡オークランド生誕しました。

彼女が7歳の時に父母が離婚し、1976年に母と妹(マヤ)の三人でカナダのケベック州モントリオールへ引っ越します。

やがて、彼女は黒人として初めて最高裁判所判事になったとされるサーグリッドマーシャルが卒業した「ハワード大学」に入学。スピーチ力を磨くためにディベート部に入り、アメリカ政府の機関である連邦取引委員会の実習生として働き、アメリカ政府の書類と歴史的価値のある史料を保存する国立公文書館で政府の仕組みを研究したといわれています。

また週末には仲間の学生達と共に南アフリカのアパルトヘイトの抗議にも参加していたと伝えられています。

彼女は卒業すると、「カリフォルニア大学へイスティングス法科大学院」へ進みます。

彼女はカリフォルニア州の司法試験を受験しますが、一度失敗しました。

2度目で合格し、アラメダ郡の地方検事局で検事補として採用されました。

 

その後、サンフランシスコ市郡地方検事局に採用され、後、サンフランシスコ市郡法務局に移りました。2003年には第27代サンフランシスコ地方検事に当選します。

 

母・シャマラが亡くなった翌年の2010年、第32代カリフォルニア州司法長官に当選し、翌年就任しました。

その後のカマラの努力により、カリフォルニア州内の同性婚が再び解禁しています。

この頃に弁護士ダグラス・エムホフと結婚しました。

 

のちには上院議員選挙でカリフォルニア州で3人目の女性上院議員に当選し、やがて2020年のアメリカ合衆国大統領選挙の民主党の大統領候補を選出する予備選挙に立候補。

一度予備選挙から撤退しましたが、8月に民主党のバイデンの副大統領候補に指名されました。そして11月実施されたアメリカ合衆国大統領選挙に副大統領として出馬し当選します。

 

2021年1月、副大統領に就任し、初のアフリカ系・アジア系の副大統領となりました。

 

彼女が日々自分に課しているのは、

自らが世の中を変える解決策の一部になろうとすること

であるといいます。

 

 

アメリカではまだ女性の大統領は誕生していません。

彼女はそれに挑みましたが、惜しくも敗れました(俗にいうガラスの天井)

大統領選挙ではドナルド・トランプに敗れてしまいましたが、アメリカ政界での正当なサクセスストーリーを体現する人物として参考になる女性であったといえます。