『ねぇ海人、今日は何して遊ぶ?』
『そうだなぁ、かくれんぼは?』
『二人しかいないのに?』
『じゃあ――は何がしたいの?』
『え? そうねぇ……鬼ごっことか?』
『そっちだって、似たようなものじゃん!』
『やるったらやるの! 海人が鬼ね!』
『ちょっ、急に言わないでよ! ……もう、いつもこうなんだから』
『おっそいわよ海人! 早く追いかけてきなさい!』
『はいはい、わかったよ。では早速……待てぇ! ――!』
『おっ、来た来た! 待たないわよ!』
『ちょっとは手加減してよ……って――! 危な――』
「――夢、か」
またこの夢だ。
だがこれはただの夢ではない。実際に起こった出来事なのだ。
決して、前世の俺の記憶ではないし、未来を予知しているわけでもない。俺がこの目で見てしまった記憶。いや、忘れてしまいたかった五年前の記憶なのだ。
そんな過去を何度も俺に見せつけてくるこの脳が忌々しい。俺の脳なんだから、俺の気持ちくらい分かってくれよ。てか分からないでどうするんだ。
「って、今何時だよ……」
俺の脳に文句を言っていたせいで起きるのを忘れていた。
「八時……五十分!?」
これはまずい。三十分も寝坊してしまった。
俺は急いで起き上がり、制服に着替えると、一目散に玄関へと向かった。
飯なんか食っている暇はない。パンぐらい咥えていってもよかっただろうが……今時パンを咥えて走るなんて少女マンガでも見ないだろう。靴を履き終わると、ぶち壊すような勢いでドアを開けた。それを見て、驚いたように母は言った。
「え、ちょっとアンタ! ……行っちゃったか……今日は土曜日だってのに」
だがその声が、俺の脳まで届くことはなかった。
「人、多いな……」
平日の九時前のはずなのにやけに子供が多い。
それだけじゃない。周りを見渡しても学生服やスーツを着ている人がほぼゼロだ。
と、いうことは……?
「今日……休日じゃねぇか!」
大勢の人々がこちらを見る。何が恥ずかしいかって、学生服姿で注目されると言うことだ。
まあ、休日に学校へ行く学生も珍しくないから、そこまで気にするほどでもない。
ここは動じずに家に帰るべきだろう。
そう思い、俺は後ろを向き、歩き出した。
……その時だった。
「あっ」
と、俺の真上から声がした。
何が起こったのだろうか。どこかで交通事故があったのか、それとも俺の身に何か異変でもあったのか。
俺は上を向いた。そこにあったのは、俺を異世界へ誘う妖精でも、飛行石を持った少女でもなかった。
赤いチューリップの花が一輪咲いている、茶色の小さい植木鉢だった。
俺はすぐ悟った。ああ、もう死ぬんだ、と。
にしても、なぜ今なのだ。なぜ今、俺は死ぬんだろうか。
第一、俺じゃなくても良かっただろうが。
……そう喚いていてももう遅い。もう目の前に植木鉢があった。
それなりに良い人生だったんじゃないだろうか。まだ十七年しか経ってないが。
そんなことを思いながら、俺は瞳を閉じた。
グッバイ、現世。ハロー、来世。
……何も起きない。
痛くない。当たった感じもしない。
それだけじゃない。人の気配すら感じないのだ。
目を開けてみる。普通だ。いや普通じゃない。見えている物体自体は普通だが、風景が明らかに異常だ。
どこにいった? さっきまであったビルは、さっきまで居た通行人たちは。
というか何だ? 目の前に広がる野原は、周りに群がる小鳥たちは。
「……えっ何この急展開ジャンプの打ち切りマンガかよ」
「これが打ち切りマンガなら人生は劇的とでも?」
声がした。俺は相当カッコ悪く後ろを向いた。なんだよ後ろを向いた途端躓くって。
……あ、笑ったなこいついきなり出てきて笑うとかふざけるなよおい。
「……誰?」
言いたいことは多々あったがまずは単純かつ明快な質問をした。
「私の名前は塚原春奈。よろしく」
「んで、私は根本広美よ。まあここについて村に着くまで教えてあげる」
俺としてもありがたい。いきなり知らない所に来て右も左も分からない状況……いや状態なんだ。
「この世界は思幻叶<しげんきょう>と呼ばれているわ。ここ一帯にはモンスター、いわば幻獣が住んでいるの。私たち思闘士は魔武具を使ってその幻獣たちを――」
「待て待て待てぇ! え、いや意味分かんないんだけど!」
思わず大声を上げてしまった。
「まずこの世界って何? 現実世界じゃないのかここは? それにシゲンキョーって何だよ! ゲンジューとかシトーシとかマブグとかわけわかんないんだけど!」
「それについては私が。そうね、現実世界とこの世界は別世界よ。思えば幻も叶うと書いて思幻叶よ。幻獣とかの説明は後にするけど、まあ簡単に言えばRPGみたいなものよ」
……なるほど、よくわからん。
まあつまりここは異世界なんだな。うんうん。……って、
「納得できるかぁ!」
また大声出してしまった。でもいいよね、これ大声出しても仕方がないよね。
「うーん……村長に会ってもらうのが一番なんだけど……もうちょっと遠いかな」
「……あんたらも、俺と同じなのか?」
「何が?」
「いや、俺みたいに現実世界から来たのかなあって」
「そうよ」
冷淡というか冷徹というか……そんな返事ばかりだな、こいつ――確か、塚原とか言ってたか――は。
「私達も最初はとまどったけど、もう慣れたわ」
へぇ……慣れる、のか? この状況に。
「あなたの名前を教えてくれない?」
「あ、言ってなかったか。俺の名前は伊勢海人。よろしく」
「っ……」
なんか塚原が反応した気がしたが気にしないことにした。案外、知り合いかもな。
それにしても、思幻叶に、思闘士ねぇ……『シ』って響きがなんか嫌だよなぁ。
そういえば、ここに来たタイミングも何かおかしい……?
いや、ただピンチな状態から助かったってだけだろ。別に気にしなくていいな。
こうしてモンスターが現れるとか言っておきながら一体も現れずに村へと着いた。いや、平和が一番……なのか?
「えっと、あそこが村長の家よ」
村、とは名ばかりで、外観も内面も現実で言う街と似たり寄ったりに思える。だが雰囲気はオンラインが不評のRPGのようだ。だって人口が明らかに少ないだろ。村か町か街かはっきりしないなぁ。
「ホッホッホ、どうも、ワシが村長じゃ」
「へ? あ、あぁ。初めまして」
いや……名前は? と言いたかったが言わなかった。多分聞いても答えないだろうと思ったからだ。
「お主は何も買っとらんじゃろ。そうじゃ、三千円をやろう」
そこは同じなの? どうすんだ外国人の場合は。
「よし、じゃあ行きましょう」
「え? いや根本、ただ金取っただけじゃん。てか円ってリアリティ満載じゃねぇか」
「まあゲームじゃないしさぁ」
「……てか塚原、村長からの説明とかないの?」
「同じことしか言わないわ」
「ゲームじゃねぇか! もうそれまるっきりゲームじゃねぇか! たった何十分か前に『村長にあってもらうのが一番』とか言ってたくせに何っもねぇってどうゆうことぉ!?」
「まあまあ」
「落ち着いてられっかぁ!」
……そんなくだりもあり、まあ魔武具を買って村を出た。旅ってことらしいけど。
~モンスターが現れた~
……という表示が見えたのは気のせいじゃないらしい。試しに『ス』を投げたらモンスターに当たったし。
「……案外でけぇ」
「まあ、四メートルはあるよね」
「えぇ、普通ね」
「いや、チェ○ンマン二人分の高さで普通て」
「いけっハルニャン!」
「いや、ハルニャンってお前」
「ニャーン」
「やるの!? えっ、やっちゃうの!?」
そんな声も聞かずに塚原はモンスターへ攻撃……の前に何か体が――体が?
え、体が光ってるってどうなってんの? いや、魔武具着てるんだから変身いらないだろ。
光が消えるとそこに居たのは塚原には変わりはないが……ぶっちゃけ堪忍袋ゲットで大丈夫、な衣装を着ている。さっきまでのクールな印象が消えた……というかまあ、可愛い。最初に背後に現れたときは動揺していたのだが、今思えばまあそれはそれはどこにでもいるような美少女、だが眼鏡が似合いそうというか本が似合いそうというか、大人しい文学少女を思わせる物静かな雰囲気だった。今の姿はどこか懐かしいというか……いたいけな少女の一面と明るい女子高生の一面を併せ持ったような――俺は何を言っているんだろうな。
「ぶっとばしていくわよ! ティロ――」
「っておいやめいやめい! 二重の意味でダメ!」
「――ファンファーレ!」
「変えてもダメだっつの!」
……とはいえ、強力な一撃だったんじゃないか? 爆風で木も倒れてるし、これならモンスターも――。
「あ、結構元気みたい?」
――倒せてないのかよ。
「え、えぇーっと……」
あ、顔が赤くなってる。ピンクの衣装だから全身真っ赤みたいだぞ。
「……パス」
「……え、俺?」
「らしいわよ?」
「えっ、いや何すりゃ」
「変身して、攻撃して、終わり」
「変身しなきゃダメか?」
「ダメよ」
「どうしても?」
「どうしても?」
「どんなときも?」
「どんなときも」
「僕が僕らしく?」
「あるためによ。さ、早くしなさい」
「はぁ……へ、へーんしーん、とぅ」
とりあえず言ってみたら光った。ポーチ型の魔武具が体全体にまとわりつく。うわっ、ちょっとぬめっとした。
まあ結果、仮面ライダー風になった。そこまで強そうには見えないが、まあなんとかなりそうな衣装だ。
ただ、塚原と比べると月とすっぽんほどの差だろう。アイツはキュワワワーンでプリリリーンでなおかつマギギギーンって感じだが、俺はジュワワワーンでズリリリーンでウヒヒヒーンだ。そんな気分で言ってみた。それだけだから参考にはしないように。
「さあ、攻撃よ!」
「攻撃? 攻撃か……」
「何でもいいから」
「えっと……スーパーウルトラハイパー超デラックスすごいパーンチ!」
我ながら酷いネーミングセンスだと思う。
実際にパンチはしなかった。いや、距離的にも大きさ的にも出来るわけがなかった……が、その代わり波動砲みたいなのは出た。いや、別に宇宙戦艦みたいなのじゃなくて、グーの形で出た。
「うわっでけぇ」
「え? 俺がんばったのにそのリアクションなの?」
「いや、だってこのくらいの攻撃じゃあ……」
「そうよそうよ、第一私が倒せなかったものを、アンタが倒せるわけないじゃない!」
あ、ずっとオーバーヒート状態だった塚原がついに目覚めた。
「まあ、確かに俺なんかの攻撃じゃ――」
~モンスターは倒れた~
「――倒れちゃい、ましたけど」
……マジスカ。てかこの表示にイラついて『ス』を投げてしまった。
「なんかあっけないわね……」
「いいいいいい、いいや今のは先に私が攻撃したから倒れたんであって、別にアイツが――」
「はいはい、分かったから。とにかく元に戻りなさい」
根本がなだめて塚原は変身を解いた。
いや、別にこのままがよかったとか思ってないから。可愛かったのにとか思ってないから。この状態でも十分……って何言わせるんだ。
こうして俺の『はじめてのたたかい』はよく分からないまま終わった。まあ、あの攻撃が例の魔武具によって出来ていることは俺にも分かる。ただどういう仕組みかは見当もつかない。まあ異世界だし、つけようとも思っていないが。
とにかく、ここは日記でもつけてまとめよう。と思っていたが紙とペンがない。どうしたものか……あっ、そうか。
魔法使えるなら出せるんじゃね? そうだよその手があった。
「つーか、思っただけで出たぞおい」
流石、思幻叶なだけあるな。
とにかくまとめようか。
まず、この世界。思幻叶ではどうやらRPGみたいなことが起きている。
魔獣……いや、幻獣だっけか。あれはゴツイ割に弱い。つーか単に体がでかいゴリラにしか思えん。初心者でもらくらくコースだぞ。
思闘士っつーのがよく分からん。魔武具を持ってりゃあいいんだろうか。それだと俺も思闘士か。なんかいいなこれ。
それで、塚原春奈と根本広美。塚原には何か懐かしいかほりがする。やっぱりどっかで会ったことあるんだろうか。根本に関しては俺を馬鹿にしてるように感じる。いや、感じるんじゃない。実際そうだろうな。
それにしても、俺は元の世界に戻れるのかな。嫌な予感がする、すごく。
目が覚めた。
でも視界は真っ暗……いやいや、おかしいだろこれ。
流石に四時間程度で目が覚めるなんてことは……とまで考えたところで頭も覚めた。
あっ、なんだ。大男がいるじゃないか。どおりでやけに暗いと――。
「――って誰だお前!?」
前言撤回。どうやら頭はまだ覚めてなかったようだ。
「ふっ、名乗る意味がないではないか」
あ、絶対「名乗る前に倒してくれる」とか言うんだろうなどうせ。
「名乗る前に倒してくれる」
一字一句当たってやがった。あまりに可笑しくて笑いが鼻からもれ出てしまった。あ、睨まれた。
「お主、何を笑っておる」
「うーん、服装とか?」
と、根本。いや違うから。
「きっと顔だと思う。黒子が特に」
と、今度は塚原。だから違うっつの。
「お主ら、好き勝手言いおって……」
「その変な口調とかもさー」
「いい! いいよ挑発すんなお前ら!」
必死に止めに入ったが間に合わなかった。あー、キレてるわこれ。
「ええい、もう我慢ならん! お主らに思闘を申し込む!」
シ……トウ? いや、別に命を捨てるつもりは……
「いや、思闘士の『思闘』よ?」
いや、流石に分かってるし心を読むなよ。
「で、思闘って何やるんだ?」
「うーん……まあ、闘う?」
いやそれくらい分かるってば!
「うむ、そこのひ弱で軟弱そうな男、お主と思闘させていただく!」
ひ弱も軟弱も大して変わらないだろ……ってか無理だぞ俺には、闘うなんて。
「ではこちらからいくぞ!」
えっ?
というたった一言を発する間も無く、鋭い斬撃が右側の耳元で貫かれた。
空気を。光を。音を。景色を。そして、俺までもが。たった一瞬で貫かれた。
まずい、これは早くこちらも攻撃を――という思考が貫かれた。今度は左。
「――次はないぞ」
くそっ、まだ攻撃すると考えてもないのに……相手は剣だ。いくら魔法で――斬撃。――作られている(か定かじゃないが)とはいえかなり――鋭利な剣だ。このまま――斬撃。――これを避け続けるのは体力的にも――斬撃。――あぁ! 仕方ねぇ! 目には目を、剣には――
斬撃。そして俺は――、
「――これでどうだよ!」
銃撃だ。
拳銃の種類についてはよく分からないが、警察が使っているタイプだろう。本物を一度見せてもらった記憶がある。
流石に避けきれずに、大男の右足に入った。だがあれくらいじゃ意味はない、か。
斬撃と銃撃の交戦。いくら銃が有利でも、体格の差では相手に全く敵わない。しかもこっちは銃を撃ったことがない。どうすればいいんだ。どうすれば勝てる……。
と、そこで思考は遮られた。気を抜いていた。相手の斬撃が俺の右足を貫いていた。お互い様だ、で済みそうにないぞ、この痛み。
「ふはははっ。どうだ、参ったか」
「参った? 何言ってんだよ。そっちこそ滅入ったんじゃないのか?」
なんて、くだらないこと言って相手を怒らせないほうが良かっただろうか。
「……まあいい。そうだ、折角だし冥土の土産に教えてやろう。俺の名は――」
――冥土の土産?
このフレーズを、そういえばこの前テレビで見たなぁ、と思ったのでその時の台詞を言ってみた。
「なあ、メイドノミヤゲって……何だ?」
「はぁ? ……えっと、冥土の土産はだな――」
「スキありっ、スーパーウルトラハイパー超デラックスすごいパーンチ!」
変身を解き忘れて寝たことが功を奏した、というよりは運が良かっただけだろう、昨日のような波動砲を出すことが出来た。
「……やったか?」
と、死亡フラグを立てつつ勝利を確信した。
なんて余裕ぶっこいてたら、そういえば背後に気配があることに気がついた。
その刹那。腹の辺りに違和感が――。
「ふっ、油断したな。お主よ」
――えっ?
えっ、ちょっと。え?
展開が急すぎてついていけない。そして理解できない。
と、とりあえず落ち着け。話を整理しよう。
攻撃して、勝利を確信したら、腹を刺されていた。
なっ……何だってんだよ……。『伊勢海人の新たな人生はここで幕を閉じる! 完』ってことなのかよ。あまりにも早すぎるだろよ、こんなあっけない幕。
つーか、元の世界に戻れずにおしまいとか悲しすぎるって。
もうどうすりゃいい……あっ。
「回復魔法使えばいいじゃん!」
思わず声に出してしまったが、大男をとにかくぶっ飛ばし、刺さっていた剣を抜いてから試してみる。
……うん、きれいさっぱり回復。RPGでよかったよかった。
とりあえずこの世の単純さと不意打ちについて腹が立ったので大男に向かって銃を撃ちまくった。
多分死なない。うん、きっと死なないだろう。
というわけで『はじめてのたたかい~対人間編~』はこれまたあっけなく終わった。
一時間後。
相手の傷も癒えたところで旅を再開……しようと思っていたが。
「俺を仲間に入れてくれぬか」
とか言い出した。
「はぁ? ……別にいいけど」
「本当か!」
「うーん、まあいいんじゃない」
「俺はどっちでも」
「よし、必ずやお役に立ちますぞ。俺の名は野田信也だ。よろしくな」
こいつ話しづらい。何がって、キャラがブレてるとことか。
「つーか、これからどうする?」
「は? 何言ってんのよ。幻獣退治するわよ」
「モンスター討伐に決まってるであろう」
「今更何言ってるの」
ぐっ……めっちゃ腹立つ!
そんな気持ちをこらえて、俺は変身を解いた。
~モンスターが現れた~
「知るか!」
今、腹が立っているんだ。空気を読めアホ。
と暴言を吐いてても仕方ないので『ス』を力任せに投げた。が、投げ方が悪かったのか、自分に返ってきた。
更に腹が立ったので『タ』も投げた。こちらはクリーンヒット。気持ち良い。
「あぁ、挑発しないでよ」
知るかんなこと……あれ?
「ど、どうした塚原」
かなり青ざめた表情――太ってれば腹から公衆電話やドアを出しそうなほど青い顔だ――をして、モンスターを見ていた。
「……ね」
「ね?」
「ねね、ねねねねね、ねネねねネねネネネ、ネズミは、に、苦に、苦手なのよぉぉぉ」
いつもの冷静さはどこへやら……まぁ騒いでいる、というほど大声じゃないが、うるさい程度ではある。ものすごく震えている。
仕方ない、三人でも倒すか……っておい。
「ブルータス、お前もか」
木陰に身を隠していたのは、野田だった。
「かたじけない。俺も苦手なのだ」
こいるまでかよ。キャラに似合わねぇ。
「くっ、足がプルプルと、会いたくて会いたくて震えてしまう」
今のはスルー。異論は認めない。
まずは変身しておくか。ああ、またちょっとぬめっとした。
「あ、アンタはもう休んでなさいよ。さっきの野田との思闘で疲れてるでしょ?」
えっ。
気を遣ってくれた。いや、気遣いは嬉しいんだがこれじゃぬめり損だ。
俺はまだ闘える、だから俺も――と、口に出そうとしても出ない。というか俺の意思とは逆に後ずさりしている。
……またこのアホ脳が。昨日の夢に続いて、また俺のことをちっとも理解しやがらない。
夢、で思い出した。そういえば、なぜあの時あんな夢を見させられたのか。俺が死ぬから、その暗示として俺が見た死の映像を……? んなわけない。俺の脳に限ってそんな気の利いたことをするわけがない。それに昨日だけじゃなく何度も見させられてきたんだ。考えすぎだな。
おっと、戦いの火蓋が切って落とされたようだ。……今、人生で一番難しそうなこと言った気がする。
……。
正直、凄すぎて表現に困る。
俺の表現力が乏しいと言ってしまえばそれで終わってしまうのだが。いや、それは俺がじゃなく脳が、だ。
「ちっ、しぶといな」
ひざ上五センチくらいの、そこまで短くないスカートを翻しながら、役目を終えた拳銃を捨てた。あまりに華麗な動きだったものだから、思わずそれが根本だということを忘れてしまった。
そして、その銃を捨てた左手から生み出されたマシンガ……マシンガン!?
いやいや、おかしいって。なんで魔法使いがマシンガン使うんだよ。
そう問うと「魔振丸<マシンガン>だからいいのよ」とかほざきやがった。あのなぁ、振って使うもんじゃないし、丸くもねぇだ――。
「おりゃあ!」
――マジデスカ。
急に大声張り上げたかと思えば、マシンガンを思いっきり潰した。さらに団子状にこねたあげく、モンスターに向かってぶん投げた。
なるほど、確かに……いや、振ってねぇだろ、上手く言えてもやれてもねぇから。
ただ、モンスターには大ダメージを与えられたようだ。……塚原と野田はネズミと言っていたが、俺にはゴリラにしか見えないアレは、反撃にバナナを投げ出してきた。バナナって結構硬いんだぞ、危ないじゃねぇか。
根本はそんなバナナを綺麗に避けながら、今度は正しい使い方でマシンガン攻撃を繰り出した。
バナナに当たった弾丸は突き抜け……ることなく跳ね返った。そんなバナナ。
「さて、ラストスパートといきますか」
ラスト……スパート?
え、今までのでダメージ与えられてたの? とどめさせちゃうの?
おっと、ゴリラが襲い掛かってきた。さあ、思闘――対魔獣だからこの場合は魔闘だろうか――の先輩として、どんな技を見せてくれるのか。
「出でよ、『早起の拒否<ホピロマルベリー>』!」
なんか魔法っぽいネーミングだ、これはどんな技なのか期待できそうだぞ。
と、現れたのは、ななんと! なな……んっと、何だこれ?
でかい木の皮みたいなのが出てきたけど、何だこれ?
「あっ、ホピロビズムって言わなきゃいけないのに、ホピロマルベリーって言ったせいで『桑木の巨皮<ホピロマルベリー>』が出ちゃったのね」
なるほど、どっちもかな表記は『そうきのきょひ』になるな!
なるな! じゃねぇよ!
「よし、今度こそ。『早起の拒否<ホピロビズム>』!」
正直、こっちは漢字表記で考えると全く想像出来ないんだが……もっと分かりやすい技はないのか。
すると根本の体が突然輝きだし、髪が金色になり逆立ち始めた……ってオイ。
それどこぞやの野菜人よろしくどころかパクリじゃねぇか。
ゴリラ――根本の状態を見た上では、大猿にしか見えなくなってしまった――がバナナを再び投げ出した。
それを避ける、避ける、避ける。そして大猿へ向かって走り出す。
攻撃を次々と突っぱね、振り切り、阻止し、受け付けない。そして――。
「『糞食らえ<イートシット>』!」
――大猿の顔面に、力強い蹴りを食らわせた。
~モンスターは倒れた~
見事、撃退することが出来た。
「さて、闘いが終わったことだし、そろそろ休むか」
「何で、アンタは闘ってもないのにしたり顔してんのよ」
一蹴された。どうやらまだ能力が発動していたらしい。
近くに街が見当たらなかったので、俺たちは野宿をすることになった。
それにしても、昨日と同じで嫌な予感がする。いや、昨日よりも悪化している気がする。何ていうか、さらっと大事なことを言われてしまいそうな――。
と、物思いにふけっていると、何か美人な立体映像みたいなモヤモヤしたものが現れた。
「えー、マイクテスマイクテス。あー、あー。えっと……そうそう。伊勢海人様、貴方様の蘇生タイムリミットまであと一日ちょっととなりました。規定の三十ポイントまであと十ポイントです。蘇生なされるかどうか、じっくりがっつり考えてください。それでは、以上です」
モヤモヤした美人は一切視界に映らなくなった。
……えっ?
オーケー、よくわからなかったからリピートプリーズ?
すると、モヤモヤしだして、また美人が現れた。
「……はぁ、またですか? もう、仕方ないですね。ではもう一度、出来るだけ分かりやすく伝えますよ? 貴方様は、死んで、それで魂だけここに残っています。ギリギリ現実世界ではまだ生きている状況です。なので、三日間のうちに三十ポイント集められたら、現実世界に魂が戻り、蘇生することが出来るのです。つまり、明日中に十ポイント集めなければ、貴方様は本当に死ぬんです。……ていうか、こんな長ったらしい台詞、わざわざ言いたくなかったんですけど。二度手間かけさせないでくださいませんかね?」
あ、はい。すいません。
そして、モヤモヤしたのはまた消えてしまった。
……えっ?
やばい。全く意味が――分からなくもないな。
「まあ、一応説明してくれよ。まず、俺は一度死んだんだな?」
「まだ死んでない。身体と魂が完全に別れたとき、あなたは死ぬ」
「というと、まだ生き返れるってことか」
「そうね。まあ言い方に少し語弊はあるけど」
「じゃあ、お前らも死んだんだな」
「ああ。俺も、この二人も。現実世界で死んだ。話せば長くなるが……聞くか?」
と、塚原、根本、野田と、俺の疑問に答えてくれた。
ふむ。人の死に様を聞くのは性に合わないが、こんな経験滅多にないしな。
それにしても、冷静すぎやしないか、俺は。いや、最初から薄々気付いていたからかも知れないが、それにしても落ち着いている。
脳が脳が、と文句ばかり垂れ流していたが、今回に限っては脳のおかげだ。感謝しよう。
「じゃあ、まず俺からだ。あれは中二の時だから、多分六年前になる」
「……ん? つまりお前、二十歳なのか!?」
「老けて見えるのはもういい、慣れた。話を戻すぞ。俺は小五で父を亡くしてな、母子家庭の生活をしていた。母は俺にとても優しくしてくれたし、近所付き合いもよく、母を嫌うものは一人も居なかった。
だが中学に進学した頃から、生活は一変した。あれは……そうだ。母がコトネって女と出会ってからだ。最悪だった。母は家をよく空けるようになり、俺にも冷たくなった。近所付き合いもだ。それで母の好感度はガタ落ち。それは親から子へ、ついには俺がいじめられるようになっら。だから俺は、クラスになじんでいじめがなくなるように、いろんなキャラを演じた。明るいキャラに暗いキャラ、ワイルドな俺も生まれたし、女々しい口調になったこともあった。――でも、ダメだった。そりゃそうだ。一度定着してしまったキャラは、二度と返上されないんだ。
そんな、中二の夏だった。夜遅くに夜遊びから帰ってくると、そこには母ともう一人、コトネがいた。母は「アンタ、こんな時間まで何をしてたの!」と怒鳴ってきたから、素直に「ごめん」って謝った。すると、コトネが母に耳打ちをして、そそくさと家を出た。母に、何を言われたのか聞こうと後ろを振り向いた。すると、母が何かを持ち上げたのが見えた。金属バットだった。野球したいのかな、とかそんなボケを考える余裕もなく、俺はそれで殴られた。全く、ちょっとしたことで、人間は変わるものなんだな。何度も、何度も、殴られた。
そして、気が付いたらここにいたんだ。最初は、生き返ってやる。と思ったよ。でも、現実を振り返れば、どうせまた、狂ってしまった母に殺されるとしか考えられなかった。こうして、今に至るってわけだ」
――腹立たしい。
そう思うしかなかった。俺も、いつも何かと思い込んで、現実から目を背けている自覚はある。だが、ここまで思い込みは人を変えてしまうとは思いもしなかった。
「えげつない、わね……じゃあ、今度は私の番ね。私は二年前のことだから、十三歳のときね。
私は、物心付いた頃に両親が離婚して、お父さんと一緒に暮らしてた。二人きりでも十分に楽しかった。
そして十三歳の秋。お父さんは、再婚した。お父さんよりも若い女の人だったわ。優しくて、気の強い人だった。でも、私は好きになれなかった。絶対お父さんに合ってなかったし、私と年も近かったから……。お父さんは、その女の人を愛していたようだけど、女の人は、愛していなかったんじゃないかな。少なくとも、私にはそう見えたわ。その日から、お父さんは私の相手をしてくれなくなった。
二ヵ月後のことよ。その日、お父さんは女の人と一緒に出かけていったの。私をおいてね。一人でゲームをしていたら、鍵が開く音がしたの。帰ってきたのかな、でも少し早くないかしら。そうだ、きっと忘れ物したのよ……どうせ、私じゃあないのでしょうけど。そう思ってたら、足音がこちらに近づいてきた。もしかして、私を連れに?
……そう思った直後、私の視界には大草原が広がっていた。
誰に殺されたかは分からない。あの女の人は、私を邪魔そうに思っていたし、お父さんも私の相手をしなくなっていた。もしかしたら、二人を眠らせて、誰かが鍵を奪ったのかもしれない。……生き返ればそれも分かるかもしれない。でも、もし私を殺したのがお父さんだったら、と思うと……」
そこまで言って、根本は耐え切れずに泣き出してしまった。
なんか、軽い気持ちで聞いてしまったことをすごく恥じたい。
……あとは、塚原か。
「そう、ね。私が死んだのは――五年前。十歳の時だった」
ああ、じゃあ、やっぱり――。
「お前、俺の前で……」
「そう、あの時、私はアンタの目の前で死んだ。私はアンタの……幼馴染、なんだから」
忘れていた。いや、忘れていたかった。あの記憶が、すべて蘇った。
あの時、俺と一緒に居たのは。
あの時、俺と一緒に鬼ごっこをしたのは。
そしてあの時、俺の目の前で……トラックにひかれて死んだのは。
正真正銘、この塚原春奈なのだ。
~モンスターが現れた~
昨日は一睡も出来なかった。そりゃそうだ。俺の幼馴染に会えたんだぞ。もう、死んでるんだが。
なぜ生き返らなかったのかは聞かなかった。もう過ぎたことだし、十歳の塚原――いや、もう春奈でいいか――にモンスターが倒せるとは思えない。
力が入らない。『ス』を投げる元気も出ない。仕方ないから、野田にでも倒してもらうか――。
~モンスターは倒れた~
……は?
まだ誰も変身してないぞ。じゃあ一体?
「僕だよ」
そこに居たのは、いかにもナルシストっぽい格好をした男だった。
「……誰だか知らないけど、とりあえず空気を読んで死んでくれないかな」
「誰が死ぬか! よし、思闘を申し込むぞ!」
はぁ、だろうな。
「ただ、暴力は好きじゃない。だから、知恵比べで勝負だ!」
知恵比べ、か。中学三年間ずっと成績三位だった俺に、知恵比べ?
「ルールは簡単。俺の助手が作った謎を早く解いた者が勝利だ」
謎解き、とな? 毎日のように推理小説を読んでいる俺に、謎解き、ね。
「じゃあシュガー、よろしく頼む」
「はい、ケイン様」
なんだその適当に着けた感がある名前は。
「あるところに、三四郎という少年が居た。ある日、彼の明暗を分ける出来事が起こった。弟が生まれたのだ。一夜明けると、彼はこころ躍らせながら家の門をくぐり、行人のいとこに道を聞き、道草せずに病院にたどり着いた。硝子戸の中に居る弟を見ながら、弟の名前を看護婦に聞いた。すると、看護婦は「坊っちゃん、いつか分かるわ」と言ったきり教えてくれなかった。それから二百十日経って、ようやく弟の名前を知ることになった。さて、弟の名前は一体なんでしょう」
ムズっ! 難しすぎだろこれ。
「金之助」
そして早ぇ! なんて早さだ。
「違います」
「えぇ!?」
そして違うのな! 違うなら安心したけど。
……金之助とはまた古臭い名前だ。だが、きっと即答したからにはかなり正解に近いんじゃないだろうか。
もう一度思い返す。彼の名前は三四郎。どっかで聞いたことある名前だ。そして二百十日、に何かありそうだ。
二百十日……何の暗号だ? 二〇〇……これは意味なさそうか。なら看護婦の台詞に注目しよう。「坊っちゃん、いつか分かるわ」か。坊っちゃん、ねぇ……ん?
坊っちゃん、門、それから、そして三四郎……もしや。
「名前は……まだない?」
「……お見事、正解です」
「はぁ? 金之助じゃないのかよ」
「そう、これは金之助、もとい夏目漱石が関係しているんだ。門・それから・坊っちゃん・こころなど、全部で十一作品のタイトルが文中に入ってる。かなりマイナーなのもあったが。そこまではお前も分かったはずだ。だが一つ、忘れちゃいないかな? そう、吾輩は猫である、だ! つまり答えは猫……だとアホらしすぎる。だから俺はさらに、作中の文に着目したんだ。吾輩は猫であるの有名な文といえば、このタイトルと同文に続く、名前はまだない、という文だ。だからこれが答えなんじゃないかと思ったんだ」
「んな、無茶苦茶な……」
正直、俺だって疑ってたがな。ともかく、これで十ポイント稼げたはずだ。
「ねぇ、アンタ本当に……」
「ああ、まだ生きていたかったけど……それが、俺の一番の選択なんだ」
日が暮れた。今、一人で地面に寝転がっている。
あんな格好つけた台詞を言ったが、正直まだ悩んでいる。俺の選択は正しいのかって。でも、早く決めなければ。時間がないのだ。
俺は、もちろん死にたくない。友達と、家族と、別れたくはない。
でもこのままここに居れば、春奈と一緒に居られるし、現実離れしたこの世界のほうが楽しいかもしれない。
さて、どうしたものか……。
「あ、まだ居たのね」
「なんだ、根本か。どうした?」
「それはこっちの台詞。……ねぇ」
急に深刻な顔をした。
「なんだよ」
「本当に、戻るの?」
「まだ悩んでるんだよ」
「じゃあ……春奈と一緒に、居てあげて」
急になんだ、怖いな。
「春奈、ここに来てから暗くなったんだと思うの。あんたは知ってるかもしれないけどね。ほら、変身したあの子って、すごく明るいじゃない。あれってさ、本当の自分が出るんだと思うんだよね。だから……一緒に居てあげてくれないかな? あまり、あの子の辛い顔は見たくないから……」
……俺は、何も答えられなかった。
春奈だって、苦しんでるんだよな……。
「それじゃ。あ、野田も私と同じで、春奈と一緒に居てやれって言ってたわ」
「ああ、分かった」
根本は、そのまま向こうへ行った。
……さらに迷ってしまった。どうしたらいいんだろうか。
「……ねぇ」
「うわっ!? あ、なんだ、春奈か」
「何よ、そのリアクションは」
「悪かったって……」
「ねぇ、さっき何言われてたの?」
「何って、春奈と一緒に居てあげてって」
「そっ……かぁ」
「で? それがどうしたよ」
「……海人」
急に名前で呼ばれて、俺は少し戸惑った。
「海人、現実世界に戻りなよ」
「どうして……」
「知ってた? 思幻叶て、死後と現世の境界、死現境をもじって付けられたって言われてるんだよ。ここでまた死んじゃったら、もしかしたら死後の世界に行っちゃうかもしれないのよ。だから、私のことは良いからさ……お願い、生き返って」
そう言う春奈の目元には、うっすらと涙が見えた。
「……分かった。根本の意見も分かったし、春奈の意見もよくわかったよ。だから、俺は――」
俺は、覚悟を決めた。
「――人、海人!」
……目が覚めると、母と兄が居た。とても心配そうな顔をしている。
そして。見知らぬ、天井……。
「よかった、やっと目覚めたか」
どうしようか、記憶喪失のふりでもするか……?
「記憶喪失のふりしてもダメだからな」
「ちょ、心読むなし」
……やっぱり、こんな人生が一番だな。
結局、俺は生き返ることにした。俺はやっぱり毎日変化していくこの世界が好きだし、俺の中では、春奈も生きているんだ。
一昨日までは忘れていたかったが、そんな逃げてる人生はもうまっぴらだ。
……大きくなった春奈、可愛かっ……ゲフンゲフン。
と、とにかくだ。俺は変わるんだ。明るい人間になるんだ。春奈がそうだったように。
つーか、夢オチだけは嫌だな……と、ポケットを弄っていたら、初日に書いた日記が入っていた。
クシャクシャになってしまってはいるが、俺の字であることは間違いない。
何か、安心した。
たとえ夢でも良い。と思っていたが、やっぱり事実であるほうが嬉しいものだ。
春奈は春奈で生きているし、俺は俺で生きているんだな。
「なあ、海人」
「なあに、陸兄」
「陸にっ……!?」
あ、春奈に会って幼い頃の記憶が蘇ったせいで、昔の呼び方しちまった。恨むぞ、俺の脳……まぁ、いいか。
「ごめん、ボーっとしてたから」
「ま、まぁいい。それより、俺もやっと『あの事件』の担当になったんだ。だからもう一度、よく教えてくれないか」
「あ、やっとなれたんだね。つっても、いつも言ってるように全然見えなかったんだって」
兄はこう見えても刑事なんだよな。まあ、交通課だけど、それはこの事件――春奈がトラックにひかれて死んだ、あの事件のことだ――の真相を掴むためなのは、言うまでもない。
何かの運命なのだろうか。それとも、ただの偶然か。
そんな事、俺は知らない。つーか知るかんな事。
「本当に、アンタたちって似てないわよね。まさか、どっちか私の子じゃないとか?」
「んなアホな」
「ボケないでよ、母さん」
「あはは、嘘よ、ウソウソ。ちゃんと私がお腹を痛めて産んだんだから、どっちも」
「変な冗談よせよな、全く」
「母さんは変わらないよね、本当に」
「あら、陸。私の何を知ってそんな事いうのかしら」
「何って、俺の親なんだから大体は知ってるよ」
「本当かしらねぇ?」
はぁ、やれやれ。本当に仲睦まじい親子だこった。
……この平和な会話の中に、春奈が居ればなぁ、と。もう手に入らないものを望んでいる自分がいる。まあ、そんな無駄なことを考えているのもいいか。
ちなみに父は、海外で仕事をしている。父がいないのに全く不倫する素振りを見せない母も大したものだ。
さて、高一の四月末。こんな奇想天外な出来事に遭遇してしまうと、再びこんな事が起こるんじゃないか。とか変な希望をしてしまうんだが、きっとそれは二度とないだろう。もし、俺の人生をこの出来事から一年間だけノベライズしたなら、十二分の一だけファンタジーなんて詐欺じゃないか。なんて苦情が来るだろうな。
まあ、そんな事起こらないが。
とにかく、俺はもう疲れちまった。早く寝たい。人生の主人公とかもいらない。誰かに代わってもらいたい。
そうだな、ここは刑事さんの兄に任せて、俺は主人公を降りるとしよう。別に主人公じゃないが。
次は、君が主人公になるかもしれない。
……なーんて下らない事考えて。誰に話しかけてるんだろうな。
