マザー・テレサ


オードリー・ヘップバーン


黒柳徹子


ナイチンゲール


キャサリン・ドレクセル


上記の人々は、皆裕福な家庭に生まれている。


人に情けをかけることができるのは、道徳的な教育をしてくれる人が周囲にいる環境に育った人たちなのだろうか。


私が知らないor今思いつかないだけで、貧しい家庭に育って慈善活動をしている(政治的な目的を除く)人々もたくさんいるのかもしれない。


でも、なんか・・・。



よく、ブスは根性が悪いというけど、まわりにブスブス言われて罵られて生きてきた人と、


まわりにチヤホヤされて優しくされてきた人では、精神衛生上変化が生じるのは当然のこと。


前者は、人は人を罵るものだと学習し、後者は人は人に優しくするものだと学習する。




裕福or貧乏も、同じことがいえるのだろうか。


裕福な家庭で、教養のある大人たちに、「困っている人たちには手を差し伸べてあげるのですよ」と教育された人と、

その日食べるので精いっぱいで、「とにかく生きろ!」と教育された人々では、

大人になった時に同じ経済状態でも、「貧しい人への対応」が異なるのではないだろうか。


もちろん、貧しい家庭の母親が必ずしも教養がないわけではない。教養が学歴のことだとも思っていない。貧しい家庭だが教養のある親のもとで育った子は、貧しくて教養のない親のもとで育った子とは違う。



まとまりにかけるけど、自分に余裕がないと人に手を差し伸べようとは思えないのではないかな、と思う。

その余裕は、精神的なもの・・・?そして、育ちが大きく影響するのではないだろうか。



私が書いた「教養」とは、精神的な豊かさのようなもの。

だからむしろ、経済的に貧しいのに教養がある人って、本当に豊かな人だと思う。