
自転車に乗っていると、日常では感じられない、ある種の独特な感覚が湧き起こる事があります。
とは、いったい…
静かな中、空気と景色が柔らかく移動する乗り物。自転車。
車、電車、船。
は…違う。
動力源を持たず、乗り手の「生体エネルギー」だけで上り、自然界の摂理に則って当たり前に下る。
自転車にしか出来ない。
ヨットは近いだろうか。
他に、動力源を持たないグライダーやハングライダーなどはどうだろう。
それらを経験せずに語って申し訳ないが、少なからず危険の伴う乗り物にあっては、心の高揚はあるものの、緊張感からくるところの
「心のプレッシャー」
がゼロになる事は無いだろう。
対して自転車。
お手軽である。のんびりである。楽しい。
そして、この極めて日常的な乗り物は、その特性がもたらす優位性を持って、ある種の瞬間に、実に非日常的な「フラットな精神状態」を乗り手に与えてくれる。
自転車の、2つ車輪という、実に不安定な特性は、乗り手の無意識の内に、完璧なバランスを取る事を強要している。
さらには、日常生活で崩れたバランスの体を、自動的に矯正もしてくれる。
(ここで、整備不良で芯の出ていない自転車などは、まずは論外として)
丹念に調整された上質な自転車なら、体のアンバランスに素直に反応するので、自転車の動きに注意して、力を抜いて素直に漕げば、乗り手の体はバランス良く整えられよう。
2輪のモーターバイクはどうだろう。
2つ車輪でバランスを必要とする点で似ているが、2点の大きな違いがある。
まずは、推進力に生体エネルギーを使えないという点、そして、車重が重くて乗り手のアンバランスを矯正出来ないという点である。
ミニバイクの女性を後ろから見ると、3人に2人は不健康にもセンターがズレているではないか。
残念ながら、今回のテーマの中では自転車に及ばない。
自転車だけに湧き起こる不思議な感覚。
人により、場所により、自転車により様々だ。
特に、坂道に向かっているときは、瞑想か、集中か、忍耐か、もう、しっちゃかめっちゃかだ。
語り尽くす事は無いだろう。
坂道の不思議な感覚は、機会あるごとに考えよう。
それはさて置き、フラットな気分、つまり、リラックスした状態で、不思議と何か良い事がひらめきやすくなる時を考える。
道は平か、やや下っていてもいいだろう。
静かな世界。リラックスしている。
景色はゆっくり流れる。空気も。時間も。
バランスが取れている。体も自転車も。
そして、緊張感の薄い移動空間の中に不思議な感覚が漂う。
心が、日常から解放されたフラットな感覚を垣間見る瞬間である。
何物にもとらわれず、それでいて何も考えない訳でなく、頭が澄んでいる状態。
こんな時、良い考えがひらめくものである。
「心をフラットにする」、「ニュートラルな状態」でもいい。
何も考えない訳でなく、シンプルに中立な精神状態。
意外と難しい。
例えば、お皿を洗っている時、あるいは、何か単純な作業をしている時。
眉間にシワを寄せて思い悩んで出て来なかったナイスアイデア、ポッと浮かんだりする。
そんな感覚
現代社会においては、ほんの瞬間でさえ、作り出すのも難しいのではないか。
自転車に乗れば、何か「良い考え」にたどり着くことが出来る…
かも知れない。
自転車の無限の可能性に乾杯!
この無限の可能性は、自転車に乗る人すべてに、平等に与えられているのである。