ここ１～２年、虹の森では場面緘黙のお子さんがなぜか増えています。

場面緘黙とは、場面によって話すことができない疾患です。

例えば、家では普通に話しているのに、学校ではまったく話さないといった症状が見られます。

場面緘黙は教育機関との連携が必要不可欠であり、一般の医療機関ではなかなか対応が難しい疾患の１つです。

虹の森は、薬以外の心理療法や教育機関との連携を通じて、場面緘黙に対して段階的な行動療法を行う治療に取り組んできました。

しかし、新しく場面緘黙のお子さんが相談に来られるたびに、「これまでは様子を見ているだけでした」という話が多く、緘黙の症状が何年も積極的な治療なしにそのまま放置されていることがとても多い印象を持っています。

なぜ場面緘黙は放置されやすいのか、考えてみました。

場面緘黙が放置されやすい理由

「家では話しているから問題ない」と思われやすい

場面緘黙について一般的によく言われている点です。

場面緘黙の症状は人によって程度はさまざまです。

家以外でも、個別の場面なら話しているお子さんや、大人なら話せるお子さん、同年代だけなら話せるお子さんなど、いろいろなお子さんがいます。

家で話している場合には、話せないのは言語発達の遅れではないと解釈されることが多いため、まだ小さいお子さんの場合は特に保護者もあまり問題意識がない場合があります。

ただ、場面緘黙も以前に比べると認知されるようになってきたため、このような懸案事項は徐々に少なくなってきている印象です。

学校では問題を起こさない

場面緘黙のお子さんの多くは、不安がとても強く、目立つことや人と違う扱いを受けることも苦手です。

特に、人に対して迷惑をかけることがないので、忙しい先生方が他の子どもたちの対応に時間を割かれている中で、問題を起こさない場面緘黙のお子さんは、どうしても対応が後まわしにされがちです。

場面緘黙のお子さんに限らず、メンタルヘルスや発達特性のニーズがあるものの、静かに教室で過ごしていられるおとなしいタイプのお子さんにはよくあることですね。

こういうお子さんの場合は、学校教育を卒業し、社会に入る頃や結婚・出産などのライフイベントに遭遇して、困り感が強まり、受診につながる人もいます。ただ、大人になってからでは、それまでに積み重ねられたネガティブな体験がトラウマのように蓄積してしまい、その後、何年もの苦難の道が待っていることもあります。

「安心できる環境」づくりのための支援のみにとどまってしまう

これは、最近もっとも課題だと感じている点です。

学校によっては場面緘黙のお子さんが安心して過ごしやすい環境をつくるために、発表のときや発言をしなければならない場面は避けるなどの配慮をしてくださっている学校さんもあります。

場面緘黙の場合、不安が強くて不登校になってしまうお子さんもいるので、まず安心して学校で過ごせる環境があることは確かにとても重要ですので、ありがたいことだなと思います。

しかし、一方で、「安心できる環境」というのは、「話さなくてもよい環境」ということでもあります。

そうなると、多くのお子さんは、話さなくてよい環境に慣れてしまい、話す機会を持たないまま結局症状は何年も続くことになります。

とはいえ、無理に話すことを強制させようということではありません。

話すための段階的なステップづくりは、専門家も入って慎重に行うことは必要です。

ただ、安心して学校で過ごせるようになったら、次は話すための積極的な働きかけをしていくことが、場面緘黙の治療の次のステップになるにも関わらず、その前段階で終わってしまっていることが多いのです。

その結果、本人には安心感があるものの、緘黙の症状自体は改善しないままになってしまいます。

本人または家族が支援を求めていない

場面緘黙のお子さんは、本人自身が話せないことについて病識がない場合も多いです。

話さなくても学校で日常生活を送ることができていれば、本人も特に問題だと思わず、話すための一歩を踏み出すような場面は避けたくなってしまうことが多いです。

また、人と違う扱いを受けたくないという思いがあると、支援や介入自体をいやがってしまうこともあります。

そして場面緘黙のお子さんの保護者も、お子さん同様に不安の強い保護者さんでいらっしゃることも多いため、何か本人の不安が高まってしまう可能性のあるアプローチには不安を感じて、治療を避けてしまう場合もあるでしょう。

一般の医療機関での治療対応が難しい

薬を主体とする治療を行っている医療機関では、薬で治療できない場合、それ以上の治療方法の選択肢自体がなく、医療機関に受診したとしても結果的に治療につながらない場合もあります。

また、場面緘黙のお子さんで家の外ではまったく話せないお子さんの場合、話をすることがメインのカウンセリングもそもそも難しいです。

話さずに遊びが中心のプレイセラピーを行うという選択肢はあるのですが、一般の医療機関で発話に向けた段階的な促しを行うことができるプレイセラピーを行っている所は数は限られてしまうでしょう。

また、プレイセラピーの中では話せるようになっている段階の場合、そこから次のステップを作るには、教育機関の中での介入が必要であるため、医療機関だけの対応では限界があります。

理想的には、私たちが教育機関に出向いて、現場で治療にあたるのが一番よいのではないかなと思っていますが、残念ながら日本の医療制度には、自宅もしくは医療機関以外で治療的行為を行った際に診療報酬を頂く仕組みは一切ありません。

教育機関との連携が難しい

その他、教育機関の中で治療的な介入を行う段階になると、ハードルは突然ぐんとあがってしまいます。

なぜならもちろんのこと教職員の先生方は、メンタルヘルスの専門家でも治療者でもありません。

どのようにステップを作ったらよいのかや、本人とどのように接したらよいのかといった知識やスキルは、当然先生方がご存じなくても無理はありません。

また、「まずは個別の場面を定期的につくってください」とお願いしたとしても、その場面で何をするのか、どのように話しかけるのか、どのように発話を促すのか、といった非常に具体的で細かいことが分からないと、先生方も対応が難しいのも当然かと思います。

一方で、私たち医療機関も「どうしたらいいでしょうか」との質問にはなかなか回答しづらいのです。

なぜなら、学校にどのような教室があり、どのような人が関わり、どのような活動があり、それぞれの場面で発話に向けたステップをどのようにつくれるのか、といった本当に細かい具体的なことは、私たちには分からないからです。

そこで、教育機関と専門家とが、本当に密でこまめな連携を行い、適宜毎日の学校生活で起きていることについて情報共有が必要です。

そのような情報連携を取る仕組みがある医療機関も、非常に少ないでしょう。

前述と同じような話ですが、学校と情報連携しても医療機関は一切報酬は頂けません。

背景にある発達特性の見極めが遅れる（心理検査ができない）

場面緘黙のお子さんは、非常に高い確率で発達特性があります。

しかし、対面で行われる心理検査の多くは、会話が必要になることが多いです。

そのため、緘黙のお子さんは心理検査が実施できない状況になってしまいます。

そうなると、もともとどの程度の言語能力があるのか、言語以外のコミュニケーション力がどれくらいあるのかといった情報が得られにくくなってしまいます。

そこで、私たちも、ご家庭や学校など、様々な情報を集めて推測しながら進むのですが、例えば発話に向けた段階をつくっていくにも、発達特性が分からないと、どのような段階づくりが本人に合っているのか見極めが難しくなります。

場面緘黙の治療を進めるうえで、発達特性が一つの障壁となってしまうこともとても多いため、発達特性の見極めはとても重要です。

このような治療の困難さにより、治療自体が数年にわたることも多くなります。

虹の森での場面緘黙への取り組み

そこで、鳥取県の虹の森ではそのような場面緘黙に対して、下記のような取り組みを行っています。

場面緘黙に対する行動療法

虹の森では場面緘黙に対して個別のセッションとして行動療法を行います。

お子さんの状況に合わせて、遊びを中心に組み立てたり、ワークシートやタイピングなどの筆談を中心にしながら進めているお子さんもいます。

ポイントは、まずは不安を和らげるアプローチを優先するものの、不安が和らいで来たら、不安から一歩踏み出すアプローチを行うことです。

その際、通常、不安症状に対して現在もっとも効果が認められている方法に認知行動療法があります。

ただ、「認知」（考え方）に踏み込むためには、ある程度の会話ができないと難しい場面も多くあります。

これも年令やそのお子さんの発達特性の状況によりますが、場面緘黙の場合、認知に踏み込むよりは、行動療法を優先して行うことの方が多いかと思います。

なお、これらの行動療法は、医療機関としてではなく、福祉施設（放課後等デイサービス・児童発達支援）の制度を利用しています。

教育機関との連携・訪問支援

教育機関との連携は、虹の森の個別のセッションの中である程度発話ができるようになっているお子さんの場合、次の教育機関の中でのステップを考えるために、行っていることが多いです。

ここ数年は定期的な支援会議として学校との連携を行ってきて、状況を伺いながら、先生方に直接お子さんに働きかけて頂くことをこれまでお願いしてきました。多くの場合は、養護教諭の先生や支援担当の先生が対応してくださっていました。

しかし、そのようなアプローチには限界があると最近実感しています。

そこで、最近では保育所等訪問支援の枠組みを使い、虹の森のスタッフが学校に出かけて治療的対応を行うアプローチを行っています。

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一方、英国ロンドンでは、言語聴覚士（SaLT）が学校に入って支援する仕組みがあります。

ただ、もちろんですが、英語です。

虹の森センターロンドンでは、日本語での介入が必要だと思われるお子さんに関しては、教育機関への訪問支援を行っています。

バイリンガルの場面緘黙については、日本で見られる一般的な場面緘黙とまた異なる部分もあるので、そのうち改めて記事にしたいと思います。

【写真】

ロンドンもだいぶ暖かくなってきました！

この時期いつも不思議に思うこと・・・。これは桜？！

・・・ではないはず・・・

いったい何の花？！