【attention】死ネタ
他サイトで書いてたやつを加筆修正したものです。
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まさか彼女がなんて思ってもみなかった。
どこか遠い世界のお話のように感じていた。
それはいつの間にか彼女と隣り合わせに影もなく存在していて、そして彼女を苦しめ続けた。
でも彼女はさいごまで彼女らしく生きて、生きて、生きて。
そしてあまりにも短い生涯を終えた。
これはそんな彼女の記録。
それはある日のレッスンの後に一緒に食事に行った時だったとおもう。
やけに彼女は腰を気にしていて、そのせいか箸も進んでいないようだった。
「どうした?腰痛めた?」
「うーん、なんか痛い気がするんだよね。でも痛めた記憶はないんだよなー。」
「そっかー。痛みが慢性化したら辛いだろうし、もし余裕があったら病院行ってみてね。」
「そーする。」
これが未来を変えることの出来る最初の分岐点だった。
それから1年。グループとしての活動も順調に進み、グループで個人で色々な番組に呼んでもらえることが増えてきた。
そんな中でも彼女の腰はなかなか改善の見込みは訪れないようで、1年前には時折手を当てているくらいだったのが、最近では常に腰に手を当てているのが彼女のデフォルトに。それはそれでさまになってかっこよくはみえるけど。
整骨院には行っているようだから出来るだけ早く回復してくれればいいなと思った。
こうして私は2つ目の分岐点も逃してしまうのだった。
冠番組の収録日。私は雑誌の取材があったため、ほかのメンバーより1時間ほど集合時間に遅れて到着した。
「おはよー!」
「あ!ゆっかーおはよう!取材おつかれさま!」
「みいちゃん、ありがとう!」
ここで私は1人足りないことに気がつく。
「あれ、土生ちゃんも前仕事入ってたっけ?」
「いいや、さっき天に話しかけられてたから2期生にでも捕まってんじゃない?」
「なるほどね、よく見てたねゆいぽん。」
「ぽんやめろ。」
しかし挨拶がてら2期生の楽屋を覗いて見ても彼女の姿は見えなくて、入れ違いになったかなとか思いつつもそれからも姿が見えないことに一抹の不安を覚えた。
収録の時にはいつの間にか彼女も合流していて、いつも通り的はずれな返答でスタジオを沸かしている。それでも何か頭の中で引っかかっている気がして、でもそれがなんなのか答えにたどり着くことが出来ない。
やっと違和感の正体がわかったのは休憩時間に入ってから15分もたった頃。慌てて彼女の姿を探してもまた忽然と消えていて。私はまつりにしばらく楽屋から離れることを伝えて、彼女を探し始めた。
御手洗や空いている部屋、柱の影。人が入れそうに無い隙間までも探してみてもどこにもいなくて。
これは複数人で探した方が良かったのかもなんて思いながら最後の自販機コーナーまでたどり着いてしまった。
いないだろうとタカをくくっていたから、彼女の姿が見えた時は心臓が跳ね上がるほどドキッとして思わず隠れてしまう。
彼女はいつものように腰に手を当てて座り、そして必死に痛みに耐えるような苦しそうな表情をしていた。
「土生ちゃん!!」
「あ、ゆっかー…。どうした?」
「どうしたじゃないよ……。体調、悪いの?」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと昨日ダンスの練習しすぎちゃってさ笑」
「嘘だよ。」
「嘘じゃないよ。大丈夫。」
「嘘だよ!じゃあなんで収録中、あんなに汗かいてたの?いくら照明が暑くてもあの量はおかしいよ!」
「気づいてたんだ……。」
「まぁ、席が隣だから……。ねぇ、病院は行ったの?」
「……まだだよ。」
「じゃあこの後行こう。収録終わったらすぐ行こう。」
「うん、わかった……。」
だけど収録が終わるとまた彼女の姿は消えていて、そしてそのまま彼女は3日ほど連絡がつかなくなった。
あの収録日から4日。今日は歌番組用のレッスン。
彼女だって表題曲の3列目に選ばれているのだから当たり前なのだけれど、この3日間が何も無かったかのように普通にスタジオにいた。
彼女に気づかれないように隣に座ると、彼女は見たこともないような顔で驚いた後に観念したように謝ってきた。
「この間は帰ってごめん。忘れてたの。」
「ううん、大丈夫。でもなんでこの数日連絡つかなかったの?」
「それは……携帯が壊れて代わりのスマホを使っていたからかな。マネージャーさんだけは連絡先教えといたから仕事には支障ないよ。」
「そうなんだ。なら良かったよ。じゃあ今日こそ病院行こうね。」
「……うん。」
レッスン自体はもともと振りはもう入っているからそこまでハードではなかったけれど、ちらっと彼女を見るとやはり異常に汗だくで、そしてまた腰を押さえていて。
休憩時間になると一目散にスタジオを出ていく彼女の背中を慌てて追っかけた。
スタジオの隣の休憩室や御手洗には目もくれず、彼女は階段を上がっていくのが見える。
登りきる前に追いつかないと上の階でどこに行ったか分からなくなるから、私は足を速めた。
結果的にそれは不要だったのだけれど。
「はぁっ……はぁっ……うっ…はぁっ……」
「土生ちゃん!大丈夫?!」
彼女は階段の踊り場の壁にもたれ掛かるように倒れていた。
私が彼女のあまりにも細くなった腕を見つけるのと、彼女の意識が消失するのはほぼ同時だった。
アルコールの刺激臭が鼻をツンとつく。
彼女はあのあとすぐに近くの病院へと運び込まれた。
様々な点滴を打たれて、たくさんの検査室をはしごして。
検査の度に医師の表情が険しくなっているのは見て見ぬふりをした。
彼女はいつの間にか腕どころか全身がやせ細っていて、ここまでになるまでに無理やりにでも病院に連れてくればよかったと後悔をしても遅すぎる。
メイクを落とした彼女の顔色は良いとは思えなかったけれど、別室で行われているだろうやけに長い彼女の両親への説明のことは考えないようにしていた。
考えたくなかった。
「あ、おかえりなさい。瑞穂さん、まだ起きてません。」
「友香ちゃん、見ててくれてありがとう。…………ちょっといいかな。」
「……はい。」
涙で顔が濡れている彼女の母親と入れ替わる形でベットサイドを後にし、彼女の父親に黙ってついていく。
こんなに足取りが重く感じたのは初めての経験だった。
「友香ちゃん、うちの娘が面倒をかけてすまない。」
「いえ、全然面倒だなんて。」
「そう言ってくれて嬉しいよ。……………………瑞穂は膵臓の癌だそうだ。」
一瞬にして頭が真っ白になる。
私の聞き間違えでほしかった。
「君には特別お世話になっていたからね。……もし辛くなるようだったら、途中でとめてくれていい。本当は私たち家族だけが背負えばいいものだからね。」
「いえ、もしよろしければ聞かせてください。」
「……ありがとう。局所進行膵癌、ステージIV。大事な血管にも癌が浸潤しているらしい。……とっくに末期だそうだ。」
数時間後、目が覚めた彼女にも癌が伝えられた。
彼女の泣き声はあまりにも悲痛で胸が苦しかった。
2日後の昼。自室でぼーっとしていると、玄関のチャイムが鳴った。宅配便頼んだっけなんて思いつつドアを開けるとそこには彼女が立っていた。
「え、なんで。」
「よっ!笑ちょっと遊びに行こうよ。」
「へ?」
なんで病院にいないのか。どこに向かって車を走らせているのか。そして体調は大丈夫なのか。
聞きたいことは山積みだけど、鼻歌交じりでハンドルを握っている彼女にはなにも聞けなかった。
私の家から車で走ること30分。まずついたのはオシャレな古着屋さん。こんなところにお店があったのかなんて私がびっくりしているのをよそに彼女は慣れたように店内へと入っていく。
「ゆっかー、これ似合いそう。」
「ほんと?ちょっと着てみようかな。」
「よし!試着室こっちだよー。」
彼女にのせられるままに普段なら買わない服を何着も買い、再び次の目的地へと車を走らせる。
つぎについたのはこれまたオシャレなCafe。
彼女がモンブランがおすすめだと言うので、モンブランとコーヒーのセットを注文する。彼女はオレンジジュースしか頼まなかったけれど。
その後もお花屋さんに、2軒目の古着屋さん。途中で彼女だけ書店に寄ったり、公園を散歩したり。流れに身を任せて色んな場所を巡った。
気がついたら辺りは真っ暗になっていて。
「ねぇ、帰らなくても大丈夫なの?」
「ん?大丈夫大丈夫。ゆっかーのお母さんにも言ってきたしね。」
「いつの間に!こんどはどこ向かってるの?」
「ないしょー笑」
ついたよと言われたのはその30分後。
車を降りるとすぐに潮の香りと波の音がした。
点在している街灯を頼りに、海辺を歩く。
「ゆっかー、私ね……治療受けないことにした。」
「……そっか。」
「櫻坂のみんなにも明後日言う。」
「……うん。」
「ねぇ、ゆっかー。一つだけわがまま言っても神様は許してくれるかな。」
「…うん。許してくれるよ…!」
「だよね笑じゃないと不公平だもんね……笑
わたしね、櫻坂46のメンバーとして死にたい。本当は今すぐにでも卒業を発表した方がいいんだと思う。でもね、やっぱり私はアイドルでいたいんだ……。ファンの皆さんにはびっくりさせちゃうと思うし、悲しませちゃうと思うけどね。ギリギリまでアイドルとして生きたいの。」
「うん、いいと思うよ。みんなわかってくれると思う。私が土生ちゃんを守るよ。」
「ふふ笑……ありがとね。」
ちょっと疲れちゃったとホテルに着くなりすぐに彼女はベットに横たわってしまったが、その寝顔はとても満足そうで少し安心した。
彼女の報告で1番泣いたのはゆいぽんで、なんで早く言わなかったのかと彼女をポカポカと殴っていた。
事務所の方とも話し合いが行われ、ほぼ彼女の意見を押し通した結果にまとまった。
彼女のカバンに入っている大量の薬と、体型を隠すような服を着た写真が彼女のインスタグラムや各メンバーのブログに載せられるようになったこと以外は、この数日などなかったのではないかと錯覚するほどいつも通り。
雑誌のインタビューに答えたり、ラジオに出演したり、歌番組に出たり。
1ヶ月がすぎた頃には楽屋で眠ることが多くなったし、2ヶ月をすぎた頃には車椅子での移動が増えた。
それでも病気は限られた人にしか公表しないまま、当初余命として宣告された3ヶ月をすぎた。
その日は1期生は全員休みを貰って、郊外のコテージへと出掛けた。森の中は空気がすんでいて、それでも綺麗に道が舗装されているから車いすも押しやすい。
「綺麗なとこだねー。」
「でしょ。友香の持ち家らしいよ。」
「こら、ふーちゃん。嘘教えないの。」
「ばらされた…!笑」
「おじゃましまーす。って……え?なんで?」
彼女の目の前には彼女と現1期生を除いた、15人の元1期生が立っている。
「サプラーイズ。なんちゃって。」
「土生ちゃん、久しぶり。」
「理佐……。」
「思わず海外から帰ってきちゃったよ……泣」
「しーちゃん……。」
「みんな土生ちゃんに会いたいって来てくれたの。ケヤキハウス第2弾だね笑」
コテージの真ん中にベットを置き、そこを彼女の定位置とする。ひっきりなしに誰かがそばに来るから最初は何故か恥ずかしそうにしていたけれど、すぐにいつの日かの楽屋のような雰囲気に。
欅共和国を鑑賞したり、携帯のアルバムから懐かしい写真を出してきたり。
ひとによってはこれが「最期」だと分かっているから、彼女の見えないところで泣くことはあれど、全員が彼女の前では笑顔を絶やさずに過ごすことが出来た。
このまま時が止まってしまえばいいのになんていう21個の願いは叶うはずもなく、迎えた次の日。
彼女は一人一人としっかり握手をして、ちゃんと最期にお話をした。
去っていくみんなの背中が震えているのは、私も彼女も見なかったことにした。
その日から2日後、彼女は紅白の舞台をしっかりと務めあげた。舞台袖に掃けたあとは1歩も動けないような状態だったけれど、「幸せだ。」としきりに呟いていたのが印象的だった。
そして紅白出演から1週間後の1月7日。
彼女は柔らかな表情のまま息を引き取った。
彼女の最期の日から1週間後。
新年もそうそうに伝えられた彼女の訃報は世間に多くの衝撃を与えた。
事務所の前には長い長い弔問の列ができ、関係各所からも多くのお悔やみの言葉が届いた。
そしてその年の7月7日。彼女の「お別れ会」が執り行われる。土田さんに澤部さん、元1期生のみんな。乃木坂46や日向坂46のメンバーのみなさんも参列してくれた。
「追悼の言葉。菅井友香さんお願いいたします。」
「土生ちゃんへ。土生ちゃんと一生会えなくなった日からもう半年以上が経ちました。だけど正直今も土生ちゃんは生きてるんじゃないか、明日楽屋に行くと土生ちゃんがいるんじゃないか。そんな気がしています。だけどいないんだよね……。櫻坂46はあのあと1ヶ月のあいだ休養をしました。土生ちゃんがいたならば怒るかもしれないけれど、私たちにはその期間がどうしても必要でした。だから許してね。
土生ちゃん、土生ちゃんは幸せに人生を終えることが出来たかな?もっとこうしてあげれば良かったと後悔する毎日です。私はあなたの親友として何かしてあげられたでしょうか。
…………土生ちゃん、あの手紙読んだよ。いつの間にあんな手紙書いてたんだね。何十通も書くの大変だったでしょ。……ありがとう。あの手紙のおかげでみんな少し前を向くことが出来ました。
そっちの世界の居心地はどうですか?もうどこも痛くないといいな。長い間待たせちゃうけど、いつか私がそっちの世界に行った時はまた仲良くしてくれたら嬉しいな。
それまで私たちを見守っていてください。」
彼女の一周忌には特別ライブも開かれ、年明けすぐにも関わらず多くのファンが集まり、時に涙しながらも笑顔で彼女をたくさんの楽曲で追悼した。
ありがとう、さようなら。瑞穂。
side Habu
正直、絶望しかなかった。
ただの腰痛ではないなんてとっくに気がついていたけれど、勇気が出なくて怖くて、そしてこのザマ。
来年の今頃どころか新しい年を迎えることもできないのかもしれないと思うと、悔しくて悲しくて。
でも悩んでいる暇さえ私には長く残されておらず。
告知の次の日には治療を受けないことを決心し、親や医師に伝えた。
そしてその次の日にはゆっかーをドライブに連れ出していた。
私の周りの人にはやっぱり笑顔でいてほしいから。
無理して笑ってくれていたのはわかったけど気付かないふりをして、それでも最後の方には心からの笑顔が見れたから良しとしよう。
私の最期のわがままはあまりにも無茶だと自分でも思っていたけれど、ゆっかーが必死に粘ってくれてなんとかわがままを聞いてもらえることに。
ファンの皆さんに黙ったままなのはちょっと心苦しかったけれど、これまで以上に感謝の気持ちが届くように、文字通り命懸けでパフォーマンスをした。
まさかもう一度21人で揃えるなんて思ってもいなくて。
あの日が人生で1番最高の日だったと胸を張って言える。
ひとりひとりと手を握って、感謝の気持ちを伝えて。
お互い泣かないで別れたのはたぶん21人の意地だね笑
最期のステージは紅白歌合戦。幸せで、幸せで、とにかく幸せで。アイドルをやれて本当に良かったと心から思った。
その日を境に私は動けなくなってしまったけれど、2期生のみんながかわるがわる会いに来てくれたり、1期生が泊まってくれたり。
本当に幸せ者だ。
1月6日のよる。告知された次の日から一通ずつ書き溜めたお世話になった人やメンバーへの手紙を事務所へと送る。なんとなく今日が最期だろうと思っていたから。
次の日の朝。私は確実に死に向かっていたけれど、ゆっかーがずっと手を握っていてくれたからかな。怖くはなかった。
願わくば私がいなくなったあとも、ゆっかーが笑っていられますように。
あぁ、幸せな人生だった。
ありがとう、さようなら。友香