第 四 章    コ リ ン ト 人 の 恋  -8-

 

 

しのが、直樹に紙の包みを持って来た 。

 

「 直ちゃん、今ね、弘子さんが見えたんだけど 。 吊るし柿、直ちゃんにって 」

「 弘子さんが ?」

「 そう 。 直ちゃんが来てるよって、電話もらったらしいの 」

 

『 良介さん、僕ちょっとお礼言って来ます 』

「 うん 。 ・・・ねえ、わざわざ駆けつけてくれたんだから、その、ゆっくりさ 。 俺にかまわずに 」

『 あ、はい、そうします 。 ありがとうございます 』

 

直樹が移動すると、カウンター席がまた沸いた 。

 

 

 

・・・そうか・・・、俺が、波の音、って言った時の直樹のリアクション、なんとなくわかるな 。

どうしよう、どうしたらいい、なんてつぶやいてた 。

直樹には、親類の大歓迎が容易に想像出来ただろうし、そうなると自然ななりゆきで、原峰家のこととかに話が及ばないとも限らない・・・。

或いは、俺との関係を、いろいろと取り沙汰される可能性だってある・・・ 。

 

直樹、やさしいから、俺にも親類の人達にも、不快な思いはさせられないって考えただろう・・・。

 

で、結局、俺を連れて来てくれた、ってことは、いろいろ想定しつつ、直樹なりに覚悟をしたんだろうな 。

 

ここに行くって決めて、そのあとは直樹、ずっと上機嫌だった 。

いつもながら、切り替えの早さは見事だ 。

俺も見習わなきゃ・・・。

 

・・・でも、・・・覚悟って ?

直樹、どこまでさらけ出すつもりだったんだろうか・・・。

・・・わからないけど・・・。

 

ああそうか、俺も考えなくちゃな 。 もしも俺だったら・・・。

極端かもしれないけど・・・、俺、いつだって、どんな場所でだって、直樹のこと、俺の一番大事な人ですって言えるのかなあ・・・。

・・・う~ん、やっぱり・・・難しい 。

 

今日ようやく、お互いに気持ちを告げて、同じ思いだってことはわかったけど、それを周りの人に公表するのは・・・。 それに、わざわざ声高に言う必要はない気もするし 。

 

・・・やっと、やっと告ったって思ったら、もう次のハードルだ 。 参ったな・・・。

 

ただ、確実にひとつだけ言えることは、告ったのは俺ひとりの問題で、俺が決めたことだったけど、これからはそうはいかないってことだ 。 

もう、何事も、ふたりの問題ってことになる・・・。

俺と直樹、・・・つまり俺と、旧上原藩御曹司の原峰直樹、そして原峰コーポレーション(?)の社長の原峰直樹、ってことなんだ・・・。

俺の勝手には出来ない 。

背負ってるものを比較すれば、これからは当然、直樹優先だ 。

それだけは肝に銘じておかなくちゃ 。

 

 

それはそうと・・・、俺をお姉さんに紹介してくれた時の直樹の言葉 。

” こちら、前のスタンドの時のお客さんで、仲良くなった榊良介さん ”

 

” 仲良くなった”って、聞いてて、子供っぽい感じがしたな 。

” お世話になってた” とかじゃないんだ・・・。 エリートらしからぬチョイスだ 。

相手がお姉さんだから ?

お姉さん相手だと・・・、直樹もアレクみたいに素になってたってことか ?

 

気の置けない友達がひとりもいないって言ってるから、姉さん、僕、仲良しが出来たよって、報告したかったってことなのかな、きっと 。 お姉さんにも喜んで欲しかった・・・。

 

それって、一般的には幼稚園児とかが5月頃、お母さんに言うパターンだ・・・。

 

・・・アハハハ、直樹社長ってば、可愛い過ぎる、フフフ 。

 

 

 

直樹が戻って来た 。

『 せわしなくてすみません 』

「 早かったね 」

『 はい 。 顔を見たから安心した、お友達を待たせちゃ悪いよって 』

「 そう 。 直樹、皆さんとはどれくらいぶりだったの ? 」

『 えーっと、1年くらい前に母方の法事があって、その時以来ですね 。 父さんの入院中にはそれぞれお見舞いに来てくれたんですけど、僕は会ってなくて 』

「 1年ぶり・・・ 」

『 これからはもっと来るようにします 。 運転手の沼田くんもコーヒー好きだし 』

「 きれいな砂浜見て、写真見て、お姉さんのおいしいコーヒー飲んで、皆さんに喜ばれたら、いい気分転換になるよね、きっと 。 いいなあ、うらやましい・・・ 」

『 はい、ありがとうございます 』

 

 

コーヒーが運ばれて来た 。 直樹が訊く 。

「 姉さん、この匂いって、あれ? 」

「 そう、あれよ 。 持って来ましょうか ? 」

「 やったー、 今日って、ホント、ラッキーだ !!

 

しのが戻るのを待って、良介が尋ねる 。

「 あれって、何 ? 」

『 かりんとうです、レモン味の 。 姉さんが時々揚げるんです 』

「 お姉さんが、かりんとうを作るの ? 」

『 はい 。 すっごくおいしくって、いっくらでも食べちゃうんですよ 。 うちの家族、みんな大好物で 』

「 レモン味って言った ? 」

『 そこなんですよ、ポイントは 。 前に誰かからどこかのお土産だってもらったことがあって、おいしかったんで、母親と3人でチャレンジしてみたんです 』

「 エッ !?  おいしかったから作ってみる、そしておいしく出来あがる、って、・・・すごいね 」

『 良介さん、食べたことありますか ? 』

「 ない、と思う 。 俺も少しさ、食べさせて 」

 

しのがかりんとうを持って来た 。 籐のカゴにペーパーを敷いて、かりんとうを盛っている 。

やや小ぶりで淡いレモン色のかりんとう 。 柑橘系の香りが広がる 。

直樹がしのに言う 。 「 良介さん、初めてだって 」 

「 レモン味って珍しいですね 」

「 素人の手作りでお恥ずかしいです・・・ 」

「 ねえ、テイクアウト、OK ? 」

「 それがね、お昼にお父さんにあげたから、これしか残ってないの 。 ゴメンね 」

「 そっか、相変わらず、争奪戦だ 。 でも、父さんじゃ、仕方ないな 」

「 貴重なものを・・・いただきます 」

「 どうぞ、ごゆっくり 」

 

しののかりんとうは、素晴らしかった 。

甘さは市販のものよりも控え目にしてある 。 それと、油が、よほど上等なんだろう、カラっとサラッと軽い 。 それだけでも格別だが、レモンの香りが口の中に広がって、とても上品な味に仕上がっていた 。

レモン味がさわやかで、直樹が言ったとおり、いくらでも食べられそうだ 。

 

『 姉さん、オリジナルでオレンジ味も作るんですよ 』

「 お姉さんすごいね 。 これだけおいしいとさ、かなり手が掛かるよね、きっと 」

『 はい 。 だから作る時は気合入れてた~くさん作るんですけど、それでもいっつも足らないんです 』

「 だろうね 。 今日は俺なんかまで紛れ混んじゃって 。 ホント、おいしかった 」

 

直樹が言った 。

『 それじゃあ、ってわけじゃないですけど、良介さん、僕、お願いがあって 』

いつものように、想定外が来るんだなと思ったが、今日の直樹はちょっと違ってるみたいだ 。

真顔で、良介を見つめている 。

 

「 お願い ? うん、わかった 。 俺の返事はOKだから、何でも言ってよ 」

『 え !?  いいんですか ? 』

返事はOKと聞いて、驚く直樹 。

 

「 いいよ 。 俺ね、会えなくなってからさ、今度直樹に会えたらとか考えててね、それで、直樹が何を言い出しても直樹の言う通りにしようって決めてた 。 何 ? 」

『 わー、そんなやさしいこと言われたら、言いにくいかも・・・ 』

「 アハハ、なんも気にしないでさ 。 ・・・ナニ、そんな面倒なことなの ?」

 

ちょっとうつむく直樹 。 顔が赤いようだ 。

『 ・・・はい 。 ジェントルマンの良介さんには多分・・・。 つまり、あっち系のことなんで・・・ 』

「 あっち系 ? え、あっち系 って、・・・どっち系、なの・・・?」

『 ・・・あっち系 と言うより、・・・つまり、エッチ系です 』

「 え !!  エッチ系・・・って、・・・。 エッチ系の、・・・お願い・・・」

 

動揺する良介 。

 

うつむいたままの直樹 。

 

沈黙 。

 

 

波の音だけが・・・、

 

ザ~・・・、ザ~・・・、ザ~・・・。

 

ザ~・・・、ザ~・・・、ザ~・・・。