第 四 章    コ リ ン ト 人 の 恋  -3-

 

 

車は、丘の上を目指して走っている 。

 

「 良介さん、僕に会いに来てくれたんでしょ ? 」 

『 うん 』

「 今日が商工会の名刺交換会だって、調べたんですね ?」 

『 ・・・ううん、そうじゃないよ 』

「 じゃあ、・・・えっ !?  偶然・・・ってことですか ?」

『 ・・・まあ偶然だけど、本物の偶然って訳じゃないんだよね 』

「 ・・・はあ、・・・ 」

 

背もたれを元の角度に戻して、座りなおす直樹 。

『 腰、どう ?

「 あ、だいぶ良くなりました 」

 

『 ・・・白状するとさ、直樹がスタンド辞めてから、俺、土日はず~っと、この辺をうろついてた 』

「 エッ !!  土日ずっと、ですか ? 」

『 うん、ずっと 。 ・・・直樹に会いたくて 』

「 !!・・・・・・良介さん・・・ 」

 

『 明くんから聞いてね 。 直樹の実家、スタンドを手広くやってるってさ 。 それで、ハハハ、あちこちのスタンドで、10リッターずつ給油してもらえば、逢えるかもって 。 笑っちゃうよね 』

「 ・・・そうだったんですか・・・ 」

『 幼稚な方法だけど、それしか思いつかなくてさ 。 マンションにひとり居ても淋しくって 』

「 ・・・それで今日も ・・・・・・ 」

『 諦めないで良かった 。 こうやって逢えたし 。 ホッホー、継続は力、だな 』

「 ・・・良介さん・・・ 」

 

 

道が左右に分かれている 。 頂上が近いようだ 。 

「 左に行ってください 」

腰を浮かしたり沈めたりして調子を試しながら、直樹が言った 。

 

 

『 ねえ、俺さ、今日、なんか自然に 、” 直樹 ” って呼び捨てにしちゃってるんだけど・・・、嫌じゃない ?』

「 ・・・はあ・・・ 」

『 直樹くんって呼んだ方がいいかな ?』

「 ・・・直樹くん、ですか ?」

『 直樹どうしてるかなとか、直樹に会いたいなとかさ、頭ン中でそう呼んでたら、さっき、ポロっと出ちゃった 』

「 ・・・え~っと、そうですね、とりあえず、直樹って呼んでみてください 」

『 とりあえず ?』

「 はい 。 ・・・まだ、その、実感が湧かなくて 。 呼び捨てにされる・・・ 」

『 実感 ? ・・・実感が湧かないって・・・普段は、なんて呼ばれてるの ?』

 

「 普段ですか ? ・・・直くんて呼ぶのが父親とおじで、母親と姉とおばが直ちゃんでしょ 。 年下からは直さんで、あとは原峰さんとか原峰くんですね 。 あ、最近は社長ってのが加わりました 」

『 それじゃあ・・・、直樹、って呼び捨てにする人、いないの ?』

「 ・・・いないですね、誰も 」

『 ・・・そうなんだ・・・』

「 はい 。 ・・・これまでも、・・・ひとりもいなかったです 」

『 これまでもいなかったって、・・・』

 

友達や先輩からは ?と、聞こうとして、聞くのをやめる良介 。

 

『 じゃあ、・・・なんか、ゴメン 。 呼び捨てにするの、まさか俺だけだなんて思いもしなかったから・・・』

「 あっ、・・・そうだ、そうですよ !!  良介さんだけだ !!  じゃあ、直樹で、お願いします 」

『 いいのかな・・・ 』

「 はい !!  その方がいいです 」

『 だって、今や、社長さんだし・・・ 』

「 そんなの関係ありませんって 。 それよりも、僕のことを呼び捨てにしてくれるの、後にも先にも良介さんがひとりだけって、・・・ワー、これ、希少価値のジャジャーンだ !!

『 えっ !?  アハハ、希少価値ジャジャーンか !!  つまり、世界中で俺だけ ?  ワー、すっごい !!  すっごい嬉しい 。 そうか、・・・それじゃあ遠慮なく、直樹、直樹、直樹 !!  へへへ 』

「 ・・・フフフ・・・ 」

 

今さら呼び方を決めたりして、俺たち、ちょっとおかしいような気もするけど・・・。

でも仕方ないか 。 ・・・なんせ、俺、恋愛の初心者なんだから 。

ひとつずつ手探りで進むしかない 。

それは直樹も知ってるし、わかってくれてるだろ、きっと・・・。

 

・・・でもこれ、いいぞ・・・。

これまでもこれからも、世界中で直樹を呼び捨てにするの、俺だけ !!

呼び捨てで、 ” 直樹 ” か・・・。

つまり、・・・俺だけの ” 直樹 ” ってことだ 。  ヒャッホー !!

 

 

展望所に着いた 。

広い駐車スペースと、らせん階段式の展望台がある 。

海を見下ろせる場所らしいが、雑草や雑木が伸び放題で、視界をさえぎっていた 。

人影もなく、閑散としている 。

 

「 うわー、久しぶりに来たら、こんなことになってる 。 ここからの眺め、絶景だったんだけどなあ 。変な所に案内しちゃいましたね 」

『 このあたりが峠なの ? 』

「 はい 。 海沿いの道路が出来て、ここ通る車いないみたいですね 。 ・・・手入れとかもされてないし 」

『 うん 』

「 子供の頃、ここを通って母親の実家に行ってたんです 。 泊りがけで 。 大好きな場所だったのになあ、ここ・・・ 」

 

窓から身を乗り出すようにして見回す直樹 。

 

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よし !!

ロケーションはOK 。 邪魔も入りそうにない 。 そうだな、ここがいい 。 

いよいよ告白だ 。

 

 

( 落ち着いて、頑張れ、俺 !!

 

『 じゃあ、・・・直樹が大好きな場所でさ、俺・・・、直樹に聞いて欲しいことがあるんだけど 』

「 あ、はい 。 なんですか ?」

 

『 うん ・・・』

「 ・・・・・・・・・ 」

 

『 ・・・俺ね、・・・その 』

「 はい 」

 

『 ・・・直樹が、・・・好きだ 』

「 えっ !?」

 

『 ・・・俺、・・・直樹が好きだ 』

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直樹の沈黙が続く 。 なんともいたたまれない良介 。

どんな表情をしているのか気になるけれど、見れない 。

 

( ・・・ あ~、 これ、・・・どうしたら、いいんだ ? )

 

やっと、何かを考えているように、直樹がつぶやく 。

「 ・・・・・・ 僕を好きって、その、・・・ 」

 

『 ・・・・・・・・・? 』

 

「 ・・・ 良介さん ? 」

 

 

( ・・・あ、そうか、ちゃんと、わかるように言わなきゃな・・・え~っと・・・ )

 

『 ・・・うん 。 ・・・俺ね、・・・女性が駄目なタチで・・・好きじゃなくって、・・・その、・・・男が、・・・好きなんだけど、・・・つまり、そういう意味で、・・・俺、直樹を好きになった 』

 

「 ・・・・・・・・・ 」

『 ・・・・・・・・・ 』

 

( ・・・あ~、俺・・・、うわ~・・・ )

 

後悔とは違うが、体から力が抜けていくような、不安と焦りを覚える良介 。

 

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長い沈黙のあと、直樹がやっと口を開いた 。

 

 

「 ・・・あ~、・・・え~っと、・・・はい・・・です・・・ 」