第 三 章    君 は  五 月 の 風  -12-

 

なんのきっかけもないまま、4月に入った 。

 

その日、スタンドの近くの郵便局に、局留めの郵便物を受け取りに来た直樹 。

7~8人の客が並んでいる 。

土曜日で、窓口にいるのは若い女性が一人だけ 。 忙しく応対していた 。

 

あっ、あの人だ !!

列の前の方に、良介の姿を見つけた 。

わ~、ラッキー !!  良介の耳のあたりをじ~っと見つめる直樹 。

カッコいいジェントルマンの無防備な、うなじ・髪の毛・耳たぶ・・・。 

・・・この状況、・・・いいな 。

へへへ、・・・スーパーと違って、見放題、飲み放題、食べ放題だ 。

 

・・・だが、・・・喜んだのも束の間、一転して切なさに見舞われる直樹 。

 

このところ、最初の意気込みはどこへやら、なんの進展もなく、ただ恋しさだけが日増しに募る 。 決して諦めたりはしないけれど、正直、状況は行き詰っていた 。

ひとり、良介の姿やその行ないを思い浮かべては、恋する喜びに胸を躍らせ、かと思えば、次の瞬間、切なさが恋しさに取って変わり、ため息をつく・・・そんな日々 。

 

・・・これって、確か、恋わずらい、って言うんだよな 。

恋わずらいか・・・。 こんなに大好きなのに・・・。 こんなに強く思い続けてるのにな・・・。

今だって、すぐそばに居るのに、なんにも出来ないなんて・・・。

ア~ア・・・一体どうすればいいんだろう・・・。

・・・どうすれば・・・。

ハア~・・・メゲそうだ・・・。

 

落ち込む直樹 。

 

・・・ハア~・・・・・・。

 

と、その時、不意に良介の声がした 。

 

「 ひとりで大変だね・・・ 」

 

!!  エッ !?  今、何て ?   ・・・驚く直樹 。 

 

” ひとりで大変だね ”  って、・・・何 ?  まさか、僕のこと ? 

 

 

そして、次に聞こえたのは、いつもの 「 ありがとう 」 だった 。

それは、良介が窓口の女の子をねぎらってかけた言葉だったのだ 。

 

「 ひとりで大変だね・・・。 ・・・ありがとう 」

「 あ、恐れ入ります・・・ ありがとうございます 」  女の子が嬉しそうに答える 。

 

ふたりのやり取りは、順番待ちで誰もがイラついていたフロアーを、少し和やかに変えたようだ 。 張りつめていた空気から緊張感が抜けて、ふっと軽くなったように感じる 。

 

出て行く良介を目で追いながら、さすがだなあと感激する直樹 。

あの人の一言で、窓口の彼女も、待たされているみんなも、気持ちが潤っちゃった 。

 

・・・やっぱり、本物のジェントルマンは違うなあ 。

 

・・・それにしても、「 ひとりで大変だね・・・ 」って、僕に言ってくれたのかって勘違いするくらい、タイムリーな一言だ 。

あの人が好きなのにどうしようもない今の、僕の心に沁み込んで来た 。

僕に言ってくれたんじゃないけど、僕に言ってくれたってことにしちゃえ 。

それくらいのわがままは許されるだろう 。

・・・きっと、停滞している僕に、やさしいあの人がくれたご褒美に違いない 。

 

「 ひとりで大変だね・・・ 」 か・・・。  あの人が僕をねぎらってくれた・・・。

わ~、イイな 。  良かった 。  今日、ここに来て良かった 。

 

 

「 ひとりで大変だね・・・ 」

良介の一言はてきめんだった 。

諦めたわけじゃないけれど、かと言って進展もない 。

その状況は変わらなかったが、それ以来、気持ちの上では大分落ち着くことが出来た直樹 。

 

・・・あの人が好きだ 。 好きな人がいるって、すばらしいし、今、僕、間違いなく幸せだ 。

勿論、絶対に諦めないぞ 。 それと、僕自身もちゃんとしてなくちゃダメだ 。

チャンスが来たら、胸を張って、好きですって堂々と言えるように、あの人に恥ずかしくないように、僕も、もっともっと頑張る !!

あの人みたいに、誰にでも思いやりを持って、やさしく出来るように心掛けよう・・・。

 

・・・へ~、僕もちょっとは大人になったかも 。

・・・あの人のおかげだ・・・ 。

 

そう思うと、気持ちにゆとりのようなものが出来て、片思いのやるせなささえも薄れてきた 。

良介に抱く恋心が、直樹の心と体に深く深~く浸透し、ほど良く溶け込んでいるような感覚だった 。

最初の頃のように、やたらと膨れ上がったり、熱くなったすることもなく、直樹と仲良く共存しながら、今はむしろ、直樹を支えてくれている 。

 

「 ひとりで大変だね・・・ 」

 

良介の言葉が、自分を正しい方へ、明るい方へと、導いてくれているような気がする直樹 。

 

 

 

そんな心境の変化を経て、早くも5月に入った 。

 

土曜日の午後 。

直樹が待ちに待った新たな展開は、実にさりげなく訪れた 。

 

 

向かい側の歩道に、タクシーを停められなくて苦労している老婦人がいる 。

スタンドから車道を横断して婦人に駆け寄り、タクシーを停めてあげた直樹 。

 

そこに偶然、憧れの人が通りかかったこと、そしてその人が微笑みを浮かべながら、一部始終を見ていたことに、直樹自身は全く気付いていない・・・ 。

 

まさに記念すべき決定的瞬間だった 。

 

やがてはお互いに惹かれ合い求め合うことになるふたり 。

 

榊良介と原峰直樹が、初めてにして、ようやくクロスした、運命の瞬間 。

 

 

 

気持ちのいい季節 。 抜けるような青空がなんとも心地よい。

 

公園の生い茂った木が作る木漏れ日 。

 

さわやかな風が吹いている 。