第 三 章    君 は  五 月 の 風  -9-

 

~上原市~

そのほぼ中心に位置する、4階建てのオフィスビル 。 旧上原藩主・原峰家所有のビルだ 。

原峰家の資産管理会社もここに事務所を構えている 。 その社長室が、今の直樹の仕事場だ 。

 

原峰家の資産は、直営の事業がガソリンスタンド11店舗と賃貸マンション19棟 。

そして、代々所有している地所を、ゴルフ場や複数のホテルに貸している 。

その辺りは、直樹の祖父が投資し、温泉を掘り当てることに成功して以来、静かで交通の便も良い保養地として、今日までずっと高評価を得ていた 。

また、上原市をはじめ、近隣のいくつかの街にも貸しビルを所有している 。

さらに、取引先である石油会社やホテル関連をはじめ、多くの株式があった 。

 

 

うわー、早いなー、今年ももう、あと10日を切った 。

アッという間だったけど、年が明けたら明けたで、新年会や名刺交換会が続くんだ 。

ガソリンスタンド、不動産、ホテル 。

同業者の協会とは別のくくりも多い 。

商工会と、幾つかの商店街 。 父さんが役員になってる、地域のいろんな団体 。

僕の方は、剣道、踊り、書道、お茶、ゴルフ 。

それと、父さんの代理で出るのが・・・、将棋、囲碁、盆栽、あっ、俳句もあるな・・・ 。

 

父さんから、今回だけは、可能な限り出席するように言われてる 。

代表を引き継いで初めての年明けだから、顔見せの意味で、最初が肝心だぞって 。

勿論、どの会もみんな大事だ 。 会員としての交流を深めることが僕の仕事だから 。

 

だけど、この分じゃ、すぐ2月になっちゃいそうだ 。 ・・・ってことは・・・。

あ~あ、・・・良介さんと会えるの、まだまだお預けか・・・。

 

良介さん、どうしてるだろう・・・。 変わりないかな・・・ 。

・・・良介さんも、僕に会いたいって、思ってくれてるかな・・・。

・・・良介さんに会いたいな 。

・・・会いたい・・・なあ 。

 

 

父さんの心臓、幸い、倒れた時の対応が早かったから大事には至らなかったけど、ドクターからは無理は禁物だって言われてる 。 母さんや姉さんとも話し合って、仕事の方、万一の時に慌てないように、それと、父さんにもゆっくりしてもらいたいからって、この際、父さんの仕事を引き継ぐことになった 。 もともと、そうなることはわかっていたから、その時期が少し早くなっただけだって思ったけど・・・。 父さんの仕事、これまで傍で見ていたのと現実とは大違いだ 。 こんなに忙しいとは思ってもみなかった 。 特に今は、予定を消化しきれない日も珍しくない 。

 

周りのみんなは、幼い頃から可愛がってもらってた顔見知りの人ばっかりだし、新米の僕にとても親切にしてくれる 。 父さんの容体も落ち着いていて、今のところ、問題はなさそうだ 。

 

あるとすれば、それは僕だな 。 知らないことが多すぎる 。 責任者として、それぞれのスタッフから教えてもらって、猛勉強しなくちゃダメだ 。

父さんは、みんなを信頼してなるべく任せるようにしてきたって言ってた 。

そのやり方を踏襲するにしても、まずは僕自身、いろんなことを把握しておく必要がある 。

 

よっしゃー !!  原峰直樹、今が頑張り時だ 。

 

 

多忙な毎日・・・ 。

今の直樹の唯一の息抜き、それは、良介に思いを馳せることだった 。

カフェオレを飲みながら、良介のあの穏やかな笑顔を思い浮かべる 。

それだけで、良介のオーラに包まれ、直樹は幸せな気持ちになれた 。

マッチョでやさしい、良介さん・・・。

 

フフフ・・・、僕がカフェオレに砂糖を追加するのを、なんだか嬉しそうに見ていた良介さん 。

原峰くん、原峰くん、って・・・あのやさしい声が聞こえてくる 。

話す時に、先ず、 ” うん、” から始める、良介さんの癖 。

・・・アハハ、・・・僕が何か言うと、時々、( うわっ !!  想定外だ ) みたいな顔で困惑する様子 。

そして、ハグされた時の、良介さんのぬくもり、タバコの匂い、安心感、・・・ときめき 。

 

・・・ああ、良介さん・・・。

・・・り ょ う す け 、 さ ん ・・・。

 

 

 

 

~ 1年近く前のこと・・・ ~

 

直樹が仕事帰りに寄るスーパー 。 そこで時々見かける、背が高くカッコいい男性 。

控えめなトラッドベースのファッションが、ごく自然な感じでキマッている 。

落ち着いた雰囲気の人 。 やさしそうなソフトな感じと、淋しそうな諦め感とが、同居していた 。

いつもゆっくり、まるで楽しむように買い物している 。 急ぎ足の買い物客が多い中、浮いていると言えなくもない 。

彼が買うのは、コーヒー関係と、スイーツ、果物、それにタバコくらいだ 。 買っている品物から想像すると、所帯じみた感じはしないから、独身か、或いは単身赴任中なのかも・・・。

 

それまでは3~4日に一度くらいだった買い物のペースを、その男性に会いたくて、毎日少しずつ買いに行くようにした直樹 。 お目当ての彼に会えるのは、週に2度くらいだったが、彼を見つけると心が弾んだ 。 その姿を目で追いながら、レジに並ぶタイミングを計る直樹 。 そして、ひとりかふたりを挟んで彼と同じレジに並ぶ 。

 

その人は計算が終わると必ず、レジの人に  ” ありがとう ”  と感謝していた 。

直樹は、その  ” ありがとう ”  が好きになった 。

ほのぼのとした響きで、聞いているとあったかい気持ちになれるのだ 。

 

” ありがとう ” か・・・。

” ありがとう ” をこんなにサラッと言えるって、ステキな人だなあ・・・。

 

 

その ” ステキな人 ” は、タバコを買う時、いつもワンカートンずつ買っている 。

ある日、顔なじみのレジの人から、7個しかありませんと言われたことがあった 。

「 じゃあ、1コでいいや 」 と、彼 。

「 えっ、1コでいいんですか ?」 と訊き返されて、・・・それに彼が答えたのだが・・・。

 

その答え、その時の良介の一言が、直樹にとって、まさに運命の一言になった 。