第 三 章 君 は 五 月 の 風 -6-
その日、ビデオショップの近くで照くんとすれ違う 。
照くんはバイト仲間のふたりと一緒だった 。
「 榊さん、こんにちは 」
『 こんにちは 。 早いね、もう、あがり ? 』
「 あ、はい 。 明日から試験なんです 」
『 そう、お疲れ 。 試験、頑張って 』
「 はい、ありがとうございます 」
短い言葉を交わして遠ざかる 。 5~6歩離れた時、良介の耳にバイト仲間の声が聞こえた 。
♪ ありがとう~♪
えっ !? ハッとして立ち止まる良介 。
その ” ありがとう ” が、・・・明らかに良介のイントネーションを真似したものだったのだ 。
♪ ありがとう~、ありがとう~、ありがとう~、♪
今度はふたり揃って、ふざけた調子で繰り返し始めた 。
振り向くと、ふたりは照くんの髪をいじったり耳たぶを触ったりしている 。
♪ アハハ! ありがとう~、ありがとう~、 ホラホラ! ありがとう~・・・ ♪
「 やめろよ !! 」
ふたりにそう叫んで、良介の方に顔を向ける照くん 。
目と目が合う 。
!!
刺すような照くんの視線 。
・・・それは良介に対する嫌悪感を露骨にものがたっていた 。
一瞬の出来事 。
思いもよらない展開 。
凍り付く良介 。
・・・良介に気付いたふたりが、バツの悪そうな素振りで照くんから離れる 。
ほんの数秒間、視線を絡ませる良介と照くん 。
何か言いたいけれど、言葉が出ない良介 。
にらみつけるような視線をぶつけて来る照くん 。
・・・・・・・・・。
・・・やがて、何も言わずに行ってしまった 。
・・・ひとり呆然と立ち尽くす良介 。
・・・・・・・・・。
長いつき合いのタケや真美たちは、良介のことを、” ありがとうの良介 ” と言ったりする 。
そのころ既に、” ありがとう ” は、良介の口癖のようなものだった 。
いつも決まって照くんのレジに並んで、” ありがとう ” と礼を言っていた良介 。
・・・そのことがバイト仲間の間で取り沙汰されていたのだろう 。
” 毎日のように借りに来て、照のレジにしか並ばないよな ”
” アイツ、絶対、照に気があるって ”
” 客なのに、取って付けたようにアリガトウとか言ってるし・・・”
” そりゃあ、照に良く思われたいからだろ、・・・ キモー !! ”
” ホントは照をレンタルしたいんじゃないの ? ハハハ ”
” アハハ、照、おまえ、どうなんだ ? ”
” おまえも、まんざらでもないってか ? キモー !! ”
照くんはきっと、こんなふうにからかわれていたに違いない 。
俺のせいで・・・。
俺のせいなんだ・・・。
・・・・・・ああ・・・・・・俺の・・・。
その日を最後にビデオショップへは二度と行かなかった 。
勿論、照くんともそれきり会っていない 。
10年も前の出来事だが、今でも辛い 。 胸が締め付けられる思いだ 。
照くんの、あの咎めるような鋭い視線が忘れられない 。
10年間ずっと、良介の心に刺さったままになっている 。
・・・あの時、俺は、自分のことしか頭になかった 。
照くんのまじめな接客態度を、勝手に好意だと勘違いしてしまった俺 。
俺の一方的な思いは、照くんには迷惑だっただろう 。
” やめろよ !! ” って、・・・本当は俺に言いたかったのかもしれないな・・・ 。
ハンドルを握る手に汗がにじんできた 。
俺の失敗、一番の原因は、照くんのことを考えなかったことだ 。
・・・今はどうだろう・・・?
直樹のこと 、ちゃんと考えなくちゃ・・・。
・・・淋しいとか、・・・会いたいとか、・・・こんなんじゃ駄目だ 。
・・・もう、同じ失敗はしたくない 。