第 一 章    ま だ 見 ぬ  恋 人 よ  -8-

 

3階にある良介のマンション。 ベランダから直樹のガソリンスタンドの辺りを見ている良介。 もう30分は経つだろう。

 

あそこにあの子がいるんだ。 仕事、何時までなんだろう。 俺が通るのはたいてい5時半くらいだから、6時まで? でも今日は土曜日だしな。 いや、さっきは昼休みって言ってたから半ドンじゃない。 あとで行こうかな。 会えなくてもいいさ、ここにじっとしててもつまらない。

 

それにしても、公園のあの大きな木は邪魔だ。 スタンドが隠れて見えやしない。

でも待てよ。 もしもここからスタンドが見えるとしたら、俺、きっとここを離れないだろうな。

双眼鏡とか買って来て、それはちょっとやばいかも。 うん、完全にやばい。

今だって、見えもしないのにここから動きたくないし。

 

こんなに思っているのに、思っているだけじゃ気持ちは届かない。

ナオキの心は遥か彼方か・・・。 居場所は目と鼻の先、こんなに近いのにな。

 

・・・んっ !?  近い?

ナオキ、さっき確か、『 お近くの方ですよね 』 って言ったよな。 『 お近くの方ですか 』 じゃなくって。 ってことは、ナオキも、俺のことを見てたってこと? えっ? いつ? この一週間か? あるいはもっと前から? ・・・とにかく、俺のことを何度か見かけて、覚えてくれて、近くの人だろうって思ってた、そういうことだよな・・・。 ああ俺、大事なことを見落とすところだった。 まだ他にもあるかも・・・。 思い出せ、思い出せ。

 

・・・コーヒーにしよう、3杯目か。 ・・・4時。 よし、これ飲んだら出掛けるぞ。 ナオキを見に行こう。ヘヘヘッ。 もう名乗り合ったんだから、コソコソ盗み見しなくてもいいんだ。 ちゃんと顔を向けて、目が合ったら、ヨーッて感じで手を上げる。 完璧だ。

・・・でも、ナオキは俺が何をしてるんだろうって思うだろうな。 散歩だよって感じを出さなきゃ。 散歩感ってどうやったら出せるんだ? 犬とか連れて? 犬いない。 もっとラフな格好する? でもなあ、着替えたらバレバレだろうし、それはそれで変かも。

・・・んー、デートするわけでもないのに、俺、なに入れ込んでるんだ? もっと落ち着かなきゃ。 落ち着いて、力抜いて、自然体で。 よし、行くぞ !!  あ、そうだ、その前に・・・。

 

良介、姿見の前で右手を上げてみる。

こんな感じか? フーン、動きって自分で思ってるよりも小さく見えるんだ。 遠くからはわかりにくいかも。 じゃー、これくらい? おっ、いい感じ。 ちょっとオーバーなくらいでちょうどよく見えるんだな、よし。

 

 

練習して臨んだ本番で、番狂わせがあった。 先に直樹が良介を見つけたのだ。 給油後の客の誘導を終えたとき、良介の姿が目に入った。 その瞬間、良介に向って大きく両手を振る直樹。

 

うかつにもおくれを取ってしまった良介。 無理もない。 同時に3人、制服姿の若者が目に入ったのだから。 両手を振っている直樹に気付いて驚いたが、良介も直樹に負けじと思いっきり両手を振って応じる。 大柄な良介のアクションは人目を引く。 まばらとは言っても歩行者のいる歩道上で、紳士キャラの良介にしてみればかなり恥ずかしい。

( 俺もこれくらい返さないと、ナオキだけが恥ずかしい思いをするだろうしな・・・ )

 

良介の大げさな反応が嬉しいのかおかしいのか、直樹が笑ってる。

きれいな笑顔。 やっぱり来て良かった。

 

帽子を脱いで会釈する直樹。

 

ちょっとうなづいて右手を上げ、遠ざかる良介。

 

 

・・・右手はパーフェクトに決まった。