神葬祭の石碑には、
「奥津城(おくつき)」
と刻むことがある。
ただ、
墓地へ行くと、
「奥都城(おくつき)」
と刻まれた石碑も、
数多く建っている。
実は、
先代の四代目は、
「津」の字を使っていた。
仕事を始めた頃、
なぜ「津」なのか。
そう思い、
聞いたことがあった。
すると四代目は、
万葉集の話をした。
渡し場。
向こう側へ渡る場所。
「津」という字には、
そんな意味があるのだという。
ただ、
四代目は、
「津」を押し付けることはなかった。
意味を知った上で、
「都」を選ぶ方もいたからだ。
「“都”の方が、
賑やかそうでいいじゃない」
そう笑いながら、
話す施主もいた。
向こうへ行っても、
寂しくないように。
その願いもまた、
その人の想いだったのだろう。
思えば、
私たちの墓づくりは、
どこか遠回りなのかもしれない。
ただ、
初代から、
ずっとそうだった。
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