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『「二項動態経営(Dynamic Duality)」-新しい「日本的経営」を創造する-
(野中郁二郎、野間幹晴、川田弓子著 日本経済新聞出版)
■ 新たな日本的経営の創造に繋がる「二項動態経営」とは(はじめに)
紹介本の著者、野中郁次郎は、「知識創造理論(SECIモデル)」の創始者であり、ナレッジ・マネジメントの世界的権威として、2008年に米国の『ウォール・ストリート・ジャーナル』が発表した「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された経営学者です。また、著書の『知識創造企業(1995年出版、竹内弘高共著)』は、全米出版社協会の「ベストブック・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。
著者の野中郁次郎は、残念ながら、2025年1月に逝去されました。89才でした。「二項動態経営」は、亡くなる2ヶ月前の、2024年11月に出版されました。人生の最後に、40年前に刊行された「失敗の本質」以来、深化させてきた「知識創造論」の集大成として、「二項動態経営」を出版したのです。。
野中郁次郎は、『本書を以って、「二項動態経営」という「組織的知識創造論」における「新たなコンセプト」を発信する』と、出版の覚悟を述べています。「新たなコンセプト」とは、『自己変革をする組織の本質は、「二項動態による集合的な実践知創造」である。すなわち、経営活動における様々な矛盾やジレンマを「あれかこれか(A or B)」の二項対立(dichotomy)で切り抜けるのではなく、苦しくても「あれもこれも(A and B both)」の二項動態(Dynamic Duality)を実践し、新たな価値を創造することこそが、過去の自己を超えていく、ただ一つの道なのである』と述べています。
それでは、新しいコンセプトの「二項動態経営」から、何を学び、経営に生かしていくべきかについて、次項で、重要な4項目(4Paramount Importance)に絞って、見てみましょう。(下記URLの、【図表】『「二項動態経営」4Paramount Importance』を参照下さい。【図表】P2の『「二項動態経営」モデル図』に沿って、「全体像」「ステップ1」「ステップ2」「ステップ3」の4項目にについて見てみます。)
URL:https://ameblo.jp/sakaigmo/entry-12947966164.html
■ 新たなコンセプト「二項動態経営」の4Paramount Importance
【「二項動態経営」」で求めるのは『集合「実践知」』、
向かうは「共通善」「パーパス」-全体像(STEP1~3以外の部分)-】
自己変革を実現する「二項動態経営」の実践とは、個別具体の文脈・状況の中で、「共通善」「パーパス」に向かって、both/andを追求する二項動態的な『(個人知から組織知にアップされた)集合「実践知」』の創造を通じて、葛藤を超えて「より善い」を目指し、新たな価値創造への道を他者と共に切り開くことです。
ここでいう「実践知(フロネシス)」とは、アリストテレス哲学に基づくもので、個々の具体的な状況の「いま・ここ」に於いて、「より善い」を判断し、行動するための「実践的な『知恵』」です。(『実践知(フロネシス)』及び『「知恵」「知識」の違い』については、【図表】P3を参照。)
この「実践知」の向かう方向は、「共通善(社会全体の共通の善)」と「パーパス(企業の存在目的)」とします。この「共通善」と「パーパス」は、企業内だけではなく、ステークホールダー全ての関係に於いて、共有され、一体感を醸成し、目的、意味、価値で繋がった、強固なネットワークを形成する源泉と位置付けます。特に、存在意義を示すパーパスは、内発的にメンバーを動機づける強力なパワーとしての役割を果たします。
また、「共通善」「パーパス」に「スパイラル」を通して向かう際、その背景にあるべき戦略は、「ヒューマナイジング・ストラテジー(人間くさい戦略)」とします。「人間は未来志向で意味を創造する主体である」との「人間観」をベースとし、3つの「人間くさい」戦略で臨むべしとします。一つ目は、相互主観性を以って、個人の「思い」を組織の集合的・価値ある客観知に昇華させる戦略。二つ目は、変化の只中で、状況に応じた「より良い目的」を追求し、実践する、創造的プロセスを、やり続ける戦略。三つ目は、「共通善」を掲げ、実現する「生き方」(行動の成果)が、未来を創造する「物語り(ナラティブ)」として表現されるべきとする戦略。(「ヒューマナイジング・ストラテジー」については【図表】P4、「相互主観性については【図表】P5を参照。)
また、「二項動態経営」に於いては、『集合「実践知」』の創造において、まず、「共通善」と「パーパス」を優先的に追及し、並行的に必要資金を投入することで、企業のキャッシュ・フロー(利益)が結果として創出され、まさに、社会的価値と経済的価値の両立が実現するのです。(「社会的価値と経済的価値の両立」については【図表】P6を参照。)
【価値ある「実践知」の源となる、
豊かな「集合知」「暗黙知」を生むためのプラットフォーム-STEP1-】
植物が、綺麗な花を開き、豊かな実を実らせるには、光、水、空気(二酸化炭素)、養分、そして適切な温度に満たされた「畑」が必要です。この畑に当たるのが「組織的基盤」及び「方法論」です。
まず、「組織的基盤」ですが、「自律分散型組織」は、上下関係のないフラットな構造で、権限と責任が一人一人に与えられている組織に於いて、メンバーひとり一人が、年齢・役職・部門を超えて、自律的に潜在能力を発揮し、その発揮された一人一人の知恵を結集するために必要なプラットフォームです。「自律分散型組織」に於いて、トップが掲げる理想とフロント・現場が対峙する現実との矛盾を、二項動態的に新たな価値創造を行うのは、トップとフロント・現場の連結点であるミドルであり、「ミドル・アップダウン」プロセスが“知恵を結集する”大切な役割を果たします。(「ミドル・アップダウン」プロセスについては【図表】P7を参照。)
この「組織的基盤」をバックアップするのが、「場」と「スクラム」です。
組織には、慣性が働き、守りを優先する官僚主義に向かう危険性があり、イノベーションを阻害します。だからこそ、多様な知を組織内に内包して、敢えて、摩擦・葛藤の「場」を作り、お互いが全身全霊で相手に“共感”するとともに、その異質性をぶつけ合い、お互いを生かしつつ、新たな知を共創する『「知的コンバット」の「場」』が必要とします。また、この様なコンバットの「場」だからこそ、同じ「善なる目的」に向かって進んでいる仲間として、垣根を越えて、年齢や、役割や、立場を超えて、『肩を組む「スクラム(共創・協働)」』を大切にしようと勧めます。
「方法論」については、一例として「実践的推論」と「物語アプローチ」を挙げています。
「実践的推論」では、困難な現実に直面した時、目的・理想と現実という二項対立を克服するだけでなく、現状に安住することを許さず、目的に向かった、創造的な思考と実践をもたらす、二項動態の方法論として示す一方、諦めず「より善い」方向に向かって思考・実践を進める先に、良い成果があることを示しています。(「実践的推論」については【図表】P8を参照。)
「物語アプローチ」では、「物語(ストーリー)」と「物語り(ナラティブ)」とは全く異なるとした上で、「物語り(ナラティブ)」は、“頭で理解”するのではなく、“心と体で理解する”ことであり、それは、主体的体験を呼び起こし、人を動かすとします。人を動かすには、「物語り」を通して、経験を意味づけ、自分事のように感じさせ、心を動かす、そのようなプロセスが重要であるとします。
この芳醇な「畑」(プラットフォームとしての「組織的基盤」及び「方法論」)が、次のステップのスタートである豊かな「集合知」「暗黙知」をプラットフォーミングするのです。
【「集合知・暗黙知」⇒「SECIモデル」⇒「実践」⇒
「スパイラル」⇒「フィードフォーワード」-STEP2-】
価値ある実践知を生む、組織的知識創造プロセスである「SECIモデル」を見てみましょう。(「SECIモデル」については【図表】P9を参照。個人;I、集団;G、組織;O、環境;Eの4存在の表示と組み合わせに注目してください。)
ここで簡単に「暗黙知」と「形式知」の関係に簡単に触れておきましょう。
また植物の話になりますが、目に見える花や茎が生き生きとするには、目に見えない「根」の豊かさが必要です。まさに、目に見える「形式知」「実践知」が意味・価値あるものになるためには、目に見えない「暗黙知」の豊潤さが重要なのです。(『「形式知」の源は「暗黙知」』については【図表】P10を参照。)
「SECIモデル」の起点は、共同化です。身体・五感を駆使した、直接経験を通じた暗黙知を獲得し、その暗黙知を共感・共振・共鳴する、つまり、人々の持っている暗黙知を相手の視点に立ちながら共感する、「共同化(Socialization)」からスタートします。「共同化」は個人(Individual)同士のレベルで行われます。
ここで重要なことは「暗黙知」の質です。つまり、経験に基づき、且つ、“こうしたい”という強い「思い」を有していることです。更に加えれば、著者は次のように主張します。『知は関係性の中からつくるものであり、そこでは人間の持っている主観、想い、夢、感情といった主観が非常に重要になる。ただし、主観が主観に留まっているかぎりは、普遍にはならない。「いかに自分の持っている主観を人々との相互作用を通し共感し合い、説得し合い、概念化し、実現していけるのか」、そうした主観を客観化していく過程(相互主観性<【図表】P5を参照>)こそが、イノベーションのキモである』と。
「SECIモデル」の「共同化」に続くプロセスを追ってみましょう。
次の、「表出化(Externalization)」のフェイズでは、組織・チームで「共同化」共有された暗黙知が、対話・喩え・仮説などを通じた言語化を経て、概念・原型(雛形)という「形式知」に変換されます。そして創られた概念・原型は、さらに追及する値打ちが本当にあるかという「正当性」を決めます。「表出化」のフェイズは、フロント・現場と集団(Group)レベルで行われます。
三つ目の、「連結化(Combination)」のフェイズでは、「正当化」された、概念・原型間の関係・組合せを通じた体系的集合知(理論)を生み出し、仮説の生成、モデル化を通して、ブロトタイピング(試作)に進みます。また、形式知の伝達·普及·共有、編集·操作化、シミュレーション(実験、分析)、ICT化などの「知の転移」を行います。「連結化」のフェイズは,集団(Group)と組織(Organization)間レベルで行われます。
最後の「内面化(Internalization)」のフェイズでは、これまでのプロセスで得られた体系的「集合知」を実践します。実践の結果得られた結果・経験を、次は“こうしたい”という強い「思い」の暗黙知として、身・心体化します。組織、集団レベルから個人同士のレベルに進みます。そして、次の組織的知識創造プロセスへと向かいます。
こうして、「共通善」と「パーパス」に向けて、“スパイラル”と“フィードフォーワード”を続けることで、自己変革とイノベーションと社会的価値と経済的価値という「セレンディピティ(偶然の幸運)」を生み続けることが出来ます。(『二項動態で「SECIモデル」をスパイラルすることで「セレンディピティ」に出会える』については【図表】P11を参照。)
【スパイラルと持続(continue)をサポートする、
「クリエイティブ・ルーティン」と「実践知リーダーシップ」-STEP3-】
二項動態経営における大切な“キーワード”は、今まで見てきた、知の源泉としての「暗黙知」、“個人の主観”を集団の対話などの“共創”により、“組織で共有する客観知”にレベルアップするプロセスである「相互主観性」、SECIを一度回すのではなく、ぐるぐると回すことで、知識の規模と質を増幅する、「スパイラル(Spiral)」と、これから記す「持続(continue)」です。
この「持続」の実現を可能にするのは、「クリエイティブ・ルーティン」と「知的リーダーシップ」です。
「クリエイティブ・ルーティン」は、長期的に目指す共通善と、目の前の現実との往還運動(二項を往来しながら思考を深めるプロセス)によって、自己変革を促す知の作法とします。つまり、個々の文脈・状況に応じて、創造的な判断と実践を促す、組織内で暗黙的に共有されている、行動規範・行動様式・行動指針です。
この行動指針は、ビジネスにおける「効率性」を追求する「マニュアル」ではなく、個人や組織が持っている思考・行動様式のエッセンスとなり、目の前の現実との往還運動により、個人・組織の創造性を高める機能を果たすものです。
(「クリエイティブ・ルーティン」については、【図表】P12、13を参照。)
「知的リーダーシップ」は、「二項動態経営」のプロセスを進め、新たな価値創造に導くスパイラルを、オープン・エンド(終わりのない)で、続けていくための必須の要件です。現在のリーダーとミドルリーダーに必要であると同時に、将来のリーダーとミドルリーダーの育成に於いても必要な要素です。
著者は、「知的リーダーシップ」に必要な要件を次の6つを示しています。①良い目的を作る②現場で本質を直観する③場をタイムリーに作る④本質を物語る⑤物語りの実現に向けて政治力を行使する⑥実践知を自律分散的に育み・育成する、の6つです。
(「知的リーダーシップ」については、【図表】P14を参照。)
■ 「二項動態経営」への挑戦が、セレンディピティを生む(むすび)
人間の創造性をベースに、共通善を求める「二項動態経営」への挑戦は、偶然性を必然に変え、セレンディピティ(思いがけない発見や偶然の幸運)を生みます。
「二項動態経営」の好事例として、日立、ソニー、エーザイ、ダイキンなどが採りあげられていますが、私の頭に浮かんで来るのは、「ワイズカンパニー(野中、竹内共著、2020年8月出版)」でも採りあげられた、JAL再生(本欄2024.4.23記事参照)です。
まず、今も生きている、「JALフィロソフィ」は、「共通善」「パーパス」です。
また、社員一人一人が常時帯同する、「クリエイティブ・ルーティン」の『「JALフィロソフィ」手帳』は、40項目の指針の一つに“対極をあわせもつ”を掲げ、二項動態を超える多項動態を目指し、結果を出しています。2024年1月2日の羽田空港での海保機との衝突事故において、乗員乗客379人全員の脱出に成功した事例は、「クリエイティブ・ルーティン」の成果です。(〔注〕“○○”は『「JALフィロソフィ」手帳』の40項目の指針からの引用です。)
そして、JAL再建のリーダーである、稲盛和夫と、ほぼ毎日ミーティングを行っていた50人のミドル(役員を含む)は、「実践知リーダー」となり、“現場主義を徹底する”に従い、現場と繋がり「ミドル・アップダウン」プロセスを実践すると同時に、“本音でぶつかれ”の「自律分散型組織」を築き、“一人一人がJAL”を達成したのです。
さらには、JAL社員の一人一人に、経営者目線を持たせた「アメーバ経営(部門別採算制度)」は、「SECIモデル」の好実践例であると同時に、“売上を最大に、経費を最小に”の「二項動態経営」を実現し、同時に、日々思考する「クリエイティブ・ルーティン」としても機能し、多くの共創を促進したのです。
この様に、「二項動態経営」を実践した再生JALは、2010年1月の会社更生法適用から約2年半の間に、▼1,337億円から△2,049億円へと約3,380億円の採算改善を果たし、2012年9月には再上場という、セレンディピティを得ることが出来たのです。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。