僕たちが長く馴染んだグッズ,美術として捉え直してみることでその真価を知ることが出来るのではないでしょうか(◍•ᴗ•◍)

 僕の子供時代,家族や親戚に美味しいレストランに連れて行ってもらうのが大きな楽しみでした。祖父が「早いうちに美味しいものの味を教えるのも教育のうちだ」という考えの持ち主だったので,今から考えても高級なレストランに連れて行ってもらったこともありました。とはいえ,僕はそういうレストランに行っても困ってしまうことが少なくありませんでした。メニューを見てもそのお店にどんなお料理があるのかよく判らないのです(´・_・`) 僕は両親の教育もあって早いうちに平仮名と片仮名はマスターしていたので料理の名前だけは読めましたが,名前だけでは具体的にどんなものか判る場合はむしろ稀でしょう。そんな時に非常に有り難かったのが食品サンプルの存在です。当時は相当に高級なお店でも店頭に食品サンプルが並べられていることが珍しくありませんでした。それを見ればどんなお料理か判るので,僕はよく「選びに行く」と言っては食品サンプルを見に行って何を注文するかを決めていたものです。
 今は昔ほどは見掛けなくなりましたが,それでもデパートのレストラン街などにお邪魔すると美味しそうなお料理の食品サンプルが並んでいることも少なくありません。僕は今ではフレンチや和食・中華などであればメニューだけでお料理を選べるようになりましたが,今度は「お,これは美味しそうだ!(^^)!」とお料理を選ぶのに大いに活用させて頂いています(*゚▽゚)ノ

 そんなわけで僕は長く食品サンプルのお世話になり続けています。お店によってはガラス越しではなく直接すぐ間近で見ることが出来るように置かれている場合もあり,そんな時にはマジマジと見て「美味しそうだなぁ」「よく出来ているなぁ」と感心させられることも決して稀ではありません。そして僕は思います。これもまた工芸であり美術なのではないかと。もっとも,いきなりこのように申し上げても「食品サンプルが工芸品で美術作品なのか(。´・ω・)?」とお感じの方も決して少なくないことでしょう。僕もこの点について,少々詳しく検討してみたいと思います。
 まず,工芸と云えるかどうかを検討するために,そもそも食品サンプルというのはどうやって作られるものなのかを俄勉強してみました。サンプル制作に際してはまず本物の食べ物で型を取り,その型に樹脂を流し込んでオーブンで加熱して取り出し着色することでパーツを作ります。そしてそれらを本物の料理と同じように盛り付けて接着剤で貼り合わせて特殊な着色剤で艶出しをするという方法で制作されるのですね。なお,ソース等は液体の樹脂を実際に掛けて表現するようです。どうやら鋳造の彫刻と同じような作り方をするようです。樹脂というのはもともとは真っ白ですから本物のように見える着色も重要ですね。盛り付けについては本物の料理と同じに考えてもよろしいでしょう。日本料理に限らず料理とは目でも楽しむものであり,この点で制作者のセンスが問われるのは云うまでもありません。このように手間を掛けて作られる以上,食品サンプルを工芸品のうちに入れて考えることは問題無さそうです。
 では,食品サンプルを美術のうちに含めることの是非についてはどうか。こちらにはかなり疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。「どんな料理か説明するための道具ではないか」と。僕もまた,食品サンプルが人生の深淵や大宇宙の雄大さを表現しているとは思いません。しかしそれだけが美術なのか。僕は以前,美術について「人を視覚的に感動させることを目的に人為的に制作されたもの」と,そして感動について「感銘を受けたり心を動かされたりすること」と定義したことがあります。一般的に感動というと「心を激しく揺り動かされて涙が止まらない」といった状況をイメージされることが多いと思いますが,それだけではなく「制作技術の高さに驚き感心する」「観ていると心が和む」などといった事柄についても,心が動いている以上は感動のうちに含まれると考えます。その定義を援用すれば「本物の料理ではないのに,本物そっくりだ!(。・о・。)!」という驚きや「美味しそう。食べたい[m:241][m:20]💕」とそれまで抱いていなかった想いを観る者に与える以上,食品サンプルは美術の一つと云って良いのではないか。それは風景画が,たとえ人生の深淵や大宇宙の雄大さを表現してはいなくても「本当の景色そっくりだ」「この景勝地に実際に行ってみたい」と観る者に感じさせれば優れた美術作品と評価されるのと全く同様です。僕はそのように考えております。

 このように申し上げても,これをお読みの皆様は「何だか強引な主張だなぁ」「無理やり言いくるめられたような気がする」とお感じかもしれませんね。しかし外国においては,食品サンプルを美術品の一つとして考える捉え方は決して珍奇なものではありません。現に欧州では古くからその美術性が認められ,1980(昭和55)年には既に英国ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で日本製食品サンプルの展覧会が開催されています。なお同博物館はもともと「装飾美術館」という名前で,現在も工芸や工業デザイン製品を含む美術品の収蔵・展示に力を入れている施設です。
 そしてその捉え方は英国においては今も健在なようですね。2024(令和6)年10月からロンドンで再び食品サンプル展が開催され,日本料理を含めた日本文化の紹介を兼ねて人々にこの日本の美術が紹介されるのだということです。

 かつて日本人は外国人の叡智によって,長く愛好されてきた浮世絵が優れた美術であることに気付かされ,自分たちの生み出した優れた宝を全く別の目で観ることが出来るようになりました。そして今回再び外国人の叡智によって,今度は食品サンプルを工芸・美術として捉え直す機会を得ることが叶ったわけです。幸いにして我々の近辺にはこの優れた工芸品が数多く存在します。それを生み出した優れた職人技への敬意とそれら製品の持つ美術性に着目することで,我々はきっと自らの生み出した宝である食品サンプルの,工芸品・美術作品としての真価を心の底から感じ取ることが出来るに違いありません。



「本物そっくり」の展示会 日本の食品サンプル、英国で紹介