こちらの取組は,街路樹等の伐採に反対する人々を心情的にも大いに納得させる大変良いものではないかと思います。そしてその思いと同時に,この取り組みにも通じる優れたアーティストを皆様にご紹介させて頂ければとも感じました。

 一般的には「都市に住んでいると緑に触れる機会が少ない」というイメージを抱きがちですが,実は必ずしもそうではありません。道路や公園などの樹木に触れれられる場は少なからず存在しますし,そうした木々は我々の心を和ませてくれる大切な存在だと云えるでしょう。
 そうした都市の樹木は,しかし時に伐採が必要になることもあります。枯死してしまった場合に伐採するのは当然として,たとえば街路樹などですと大きくなり過ぎて交通の支障になってしまった場合や道路の拡幅などでその場所が必要になってしまった場合など。公園などでも再開発などで伐採が必要になることはあるでしょう。しかしそうした理由があっても「市民に親しまれているせっかくの樹木なのに」などの理由で伐採には市民からの反対が向けられることが少なくありません。特に花をつける樹木の場合にはこうした反対が非常に強く,日本人の多くに親しまれている桜の木を伐採するのは大変な困難を伴うといったお話を,僕は市役所勤務の方から実際に耳にしたことがあります。

 そのような意見に対する優れた対応と思われる取組を,今回「日本経済新聞」の報道で知ることが出来ました。
 東京都町田市は皆様もよくご存じのとおり東京都西部を代表する大きな街であり,市内にはたくさんの街路樹が存在します。しかし現在,高度成長期以降に植えられたそれら街路樹が根上がり(根の部分が地表に現れる現象)や落葉・道路や建物へのせり出し等を引き起こし,その対策に人的にも資金的にも大きな負担を強いられています。街路樹を伐採してしまえばそれらの問題は解決しますが,上述のとおり長年親しまれた並木道が失われたり,花や紅葉などが見られなくなることには住民の強い反発も予想されるところです。そこで町田市は伐採に合わせて新たな植樹を行う他に「伐採された街路樹を家具として再生する」という取組をも行っています。具体的には岐阜県高山市の家具メーカー「飛騨産業株式会社」と事業連携協定を結び,市が伐採した街路樹を同社に無償提供(運搬費は会社負担)して同社がこれを材料に家具を制作するという取組です。将来的にはそうした家具の商品化や「ふるさと納税」返礼品化も検討されているようですね。街路樹を伐採しても全てを家具材に使用出来るわけではありませんが,飛騨産業株式会社のノウハウを活用して食器や小物を製造したり,或いは粉にして土壌改良材に使用したりという「カスケード利用」を行うことも進めているということです。

 こうした取組が果たして採算ベースに乗るのかは判りません。無論,事業として成立すればこれ以上嬉しい話はありませんが,もともと商業的な造林を行っていたわけではないのでそれは難しいのではないかと僕は想像します。しかしこのような取組は,親しまれてきた木々が失われることに対する市民の反発を大いに和らげる優れたものであることは間違い無いでしょう。町田市の取組では長年親しんできた樹木がただ失われゴミにされてしまうのではなく,家具や食器・小物として蘇りこの世に留まり続けたり。残念ながらそうした再利用が出来なかった街路樹もまた土壌改良剤として次の生命を育んでくれたりするのですから。

 今回のこちらの記事を読んで僕は町田市の取組の秀逸さに大いに感心すると同時に,これと通じるもののある創作活動をなさっているアーティストさんを思い浮かべました。
 染色・刺繍を専門になさっている小村真里奈さんという女性アーティストを,僕は以前から存じ上げています。以前に”SICF”という毎年東京・表参道のスパイラルビルで行われているアートフェアで作品に触れて彼女の大ファンになった後,何回か個展にお邪魔させて頂いています。その小村さんの作品のうち僕が特に心惹かれるのがピンク色の染色で,実は”SICF”で最初に同氏の作品に触れて真っ先に心を奪われたのも大きな布作品でした。伺えばそれは桜の木を染料に用いたもので,長年人々に愛されながらも残念なことに伐採されてしまった樹木を材料にしたのだということで,僕は大いに感動させられたものです。それ以降も小村さんは積極的に作品を制作しておられますが,染色作品には全て「元はどの地の桜で,何年何月に伐採されたもの」という記録がつけられています。

 小村真里奈さんの芸術作品と,町田市における街路樹の活用。ともに「この世での命を終えた木を別の形で蘇らせ永く留めよう」という思いに基づくものといえるのではないでしょうか。出来上がるものは異なりますが,両者にはその精神において深く通じるものがありますね。
 もし町田市に伺う機会があれば同市役所9階のフロアに置かれているというテーブルや椅子を是非拝見したいと思いますし,小村さんの作品をまた鑑賞したい。そしてその両者の背景にある思いをしっかりと感じたい。僕は今そのように願っていますし,それによってきっと深い感動を覚えることだろうと確信しております。そして皆様にも町田市役所に置かれた家具を,そして小村真里奈さんの美術作品を是非一度ご覧頂きたいと強く思います。それらの体験はきっと,皆様の心をその奥底から揺さぶってくれるものになるに違いありません。



町田市、切った街路樹活用 飛驒高山の家具製造業に提供

 


小村真里奈さんのInstagramアカウント