僕が以前から漠然と思っていたことを明確に言葉にしてくれた記事だと思いました。

 東京・丸の内の静嘉堂文庫美術館という美術館で曜変天目という珍しい模様の天目茶碗が展示されていること,それを模した「ぬいぐるみ」がミュージアムグッズとして販売されていることは以前にも聞いておりました。それを初めて聞いた際には「茶碗をぬいぐるみにするとは,また随分と面白いことをするものだな」と感じたものです。美術館が展示作品をミュージアムグッズとして販売することは珍しくありません。とはいえそうしたグッズといえば通常は展示されている絵画を印刷したカップやクリアファイル・絵葉書など,或いはもっと値段は張りますが絵画の複製品などが多いので,茶碗のぬいぐるみというのは非常に珍しいといえるでしょう。とはいえ,絵画と違って茶碗というのは本来立体的な形をしていて,しかも手に持って上から下から眺めるものですからこうした形で複製するというのは確かに優れたアイデアに違いありません。
 今回,こちらの記事で拝読させて頂いた安村敏信・静嘉堂文庫美術館長のインタビューによると,天目茶碗をぬいぐるみにした最大の理由はやはり僕が思ったとおりのようです。安村館長によると「茶碗の楽しみ方は、本来、自分の手のひらにおさめて、回したり、上から下からのぞいたりすることです。ぬいぐるみ化すれば、それが思う存分、出来てしまう」と。なるほどφ(・_・”) ただ本来は重さも実物どおりに再現したかったようで,たしかにこうした焼物の鑑賞というのは手に持って行うのですから重さも実物どおりであればいうことはありません。しかし「重しを入れると、全体で見たときに、どうしても形のバランスが崩れてしまう」という理由で断念したのだとか。面白いアイデアの裏話を伺うようで,読んでいて非常に参考になりました。

 しかし,僕がこちらのインタビュー記事で最も強く教えられる思いを覚えたのは,そもそもなぜこのようなものを開発したのかというお話です。安村氏は「『国宝』だから日本人はみんな知っているはずと思ったら大間違いです。モネやゴッホ、フェルメールの有名な絵は見ればすぐに分かる人は多いけど、古美術の名品って思い浮かびますか?」と仰います。恥を忍んでお答えすると,少なくとも僕は全然判りません(  ´・ω・) 安村氏はその理由について「子供の頃から見たことがないからです」と仰いますが,これは実にそのとおりでしょう。美術が好きでなかった子供時代の僕ですら何かの折にいわゆる「泰西名画」としてヨーロッパの名画の写真などに触れたことがありますが,日本美術となると絵画も工芸もそうした機会は殆ど無かったような気が致します。そうした知識不足を補うのに曜変天目ぬいぐるみのようなグッズが非常に有益であるという安村氏のお話,本当にその通りだと感じます。
 実は安村氏が仰るのと全く同じようなことを,僕自身が体験しています。僕は子供の頃から今に至るまで熱心な鉄道ファンですが,特に子供時代にはあまり旅行の機会を持てなかったので,各地を走る鉄道車両を実際に観る機会は稀でした。そんな僕が様々な鉄道車両についてどのように知識を習得したかというと,写真と模型です。特に車両の上部や床下や側面などについてもその形状を視認することの出来る模型は,鉄道に関する僕の知識の習得に極めて有益でした。おかげで少年時代の僕は,実際に乗る機会の無かった近鉄や阪急や西鉄の車両などについてもひと通りの知識を持つことが出来たのですから。

 美術についても,最近はミュージアムグッズに限らず知識習得に有益な品物が色々と販売されていますね。先日所用で訪ねた書店にはレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」やボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」・葛飾北斎の浮世絵などの立体フィギュアが販売されていました。またゲームセンター等にある「ガチャガチャ」でも千利休や古田織部の好んだ名物茶器のミニチュアなどが販売されているお話も以前に紹介させて頂いたことがあります。そうした玩具を含めたグッズでの遊びを通じて子供美術に対する知識を涵養出来たら,これは素晴らしいことではないでしょうか。いや,子供に限らず,僕のように大人ではあっても美術の知識に疎い者にもこれは有益なことに違いありません。以前から「玩具等のグッズを通じて美術に親しめたら,それはとても良いことだ」と漠然と思っておりましたが,安村敏信氏のインタビュー記事を読んでその思いをハッキリと抱くことが叶ったように感じております。



曜変天目ぬいぐるみ制作秘話「グッズは美術館にとって最重要」静嘉堂文庫美術館の安村敏信館長インタビュー