DNAの傷の種類 | ぐうたら能無し教授の日記(坂口謙吾)

DNAの傷の種類

 7 DNA修復レンチ



 シリーズ1で詳しく述べたように、通常の環境では化学構造的に比較的安定であるが、紫外線や放射線あるいは突然変異源物質(DNAに傷害を与える化合物)には非常に弱い構造である。原始の大気には酸素がほとんど存在しなかったので、オゾン層もなかった。そのため地上は今日の大気圏外と同じ紫外線量で暴露されていた。そのため紫外線のとどきにくい水中で生命は発生したと考えられている。しかしそれでもDNAは外部からの攻撃には弱かった。DNA複製の間違いを治す化学反応よりも先に、壊れたDNAを治す化学反応が発達したようである。DNA修復とはそっちが先だった。このDNA傷害のDNA側の特徴の多くはシリーズ1で述べた。詳しくはそちらを参照いただきたいが、更に中級編の内容に進むために少しだけ復習をしておきたい。

 DNAは紫外線で傷害受けやすい。その傷害は、隣り合った塩基のTとT同士のくっつくことである。この形に2種類有り、完全にTとTが完全に平行に並ぶか(“チミン二量体”T dimerと呼ぶ)、少し斜めにずれるか(“6-4光産物”6-4 photoproduct)の差がある(図)。このくっつきは、TとCの場合もあるので、“ピリミジン2量体”(pyrimidine dimer)(正式にシクロブタン型ピリミジンダイマー、CPD)とも呼ばれる。これを治す正確な化学反応は「光回復(photorepair)」というものである(図)。この修復の化学反応は極めて単純である。このような結合が出来ると2本鎖DNAにコブが出来、立体構造が変化する。それを目敏く見つけて、“ピリミジン二量体”または“6-4光産物”の二つのくっついた塩基部分にもぐり込み(あるいはむき出させ)直接その部分に覆い被さる酵素がある。光回復酵素(“フォトリアーゼ”、photolyase)と呼ぶ。当然、損傷構造に依存した2種類の酵素が有り、それぞれを“CPD光回復酵素”(CPD photolyase)と“(6-4)光回復酵素”((6-4)-photolyase)と呼ぶ。この酵素がその場で、くっついた塩基同士を強引に引っぺがす化学反応を起こす(図)。引っぺがしが完了するとDNAは元の螺旋構造に戻るので居場所を失って、その酵素はそこから外れる。これで完了である。

 つまりこの“光回復”は、DNAの紫外線損傷を直接的にわずか1化学反応で除去する過程である。よって、極めて正確に間違いを起こさずに損傷を修復できることになる。このような直接除去法はこの方法以外にはあまりない。例外的にメチルグアニンメチル基転移酵素 (methyl guanine methyl transferase: MGMT) によるグアニンからのメチル基の直接除去程度である。従って、進化の過程を考慮すると、如何に紫外線修復が生き物にとって(DNAにとって)重要な課題だったか分かる。実際に、生命が発生してから僅か数億年後には、この“光回復”修復法がまず発達したようである。

 この「光回復」が間に合わないくらいに紫外線でDNA に傷がつくと、さらに「暗回復(dark repair)」という補助機構が働く(図)。この方法は、紫外線損傷以外で出来たDNAの傷も治せるように進化発達したので各種のメカがある。必ずしも紫外線の傷の修復専用ではなくなっている。

 実際に、紫外線よりもっと波長の短い光、X線やγ線のような“放射線”もまた強力なDNA損傷を起す。このような放射線は、エネルギーレベルが高いので、DNAのデオキシリボースとリン酸の間の結合を切断することが出来るし(“DNA切断”DNA break)、線量を上げれば、どの塩基同士でも無秩序にくっつける(“クロスリンク”cross-link。特に遠隔地のGとG同士を無秩序にくっつける)。紫外線より透過力が強いので体内の奥深く浸透し、中の細胞のDNAも直接切断してしまう。同じように環境変異源物質(多くは発癌物質)と呼ばれる化学物質もDNAを損傷・破壊する物質が多い(図)。これらの損傷の修復も最初は紫外線損傷修復のために発達したと思われる“暗回復”が用いられている。この暗回復の進化発展が、生き物の進化に大きく寄与してくる。詳しく解説しておこう。

 “暗回復”にはBER以外にも“ヌクレオチド除去修復”,“二本鎖DNA切断修復”,“損傷乗り越えDNA複製”,“複製後修復”,“DNAクロスリンク修復”などがある(図 )。そしてもう一つ進化の過程で、この“暗回復”を乗り越えて更に上位の特殊な修復反応が発達した。それを真核生物でも多細胞生物特有の過程である。“細胞置換修復”(アポトーシスの1種)というものである。傷ついたDNAの部分を治すのではなく、同じような細胞が沢山ある生物では、傷ついたDNAを持つ細胞を自殺させて消去し組織全体として機能を維持する修復法である。各々を簡単に説明してみよう。


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つづく