隈研吾さんと接地性

 隈研吾さんの話に戻るが、彼の本『隈研吾 オノマトペ 建築 接地性』には接地性という耳慣れない語が題名に入っている。以下に同書015頁の一節を引く。

 

 僕の最大の関心は接地性の回復である。しかも接地性を  記号性や機械性を補完するものとして用いるのではなく、接地性こそを建築の本質として再発見したい。それが今の僕の立ち位置である。同様にして、ディープラーニングによって、コンピューターを用いて接地性を回復させようとする中途半端な試みに対しても、僕は懐疑的である。接地をテクノロジーによってではなく、身体を通して回復したい。そのためにオノマトペの原始的な身体性から学ぶことが必要であり、擬態語の豊かな表現力に学びながら、物質そのものを、豊かに、さまざまに語らせたいのである。

 

 この引用文の前で隈さんは「接地性がなくては、建築が建築になりえず、人間が大地につながりえない」と述べている。身体を通して大地につながる、それがオノマトペの、そして隈さんの建築の接地性だが、ボクはこの接地性を言葉の身体性として理解している。とっても主観的というか感覚的だが、今のボクにとっては「カバ」とか「転がる」という語を用いるときに身体的な何かを感じる。