幸清水のブログ

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モロッコを旅して


地中海、大西洋、そして中央にアトラス山脈で分断され、南側には「黄色の大サハラ砂漠」を抱き込んだ最果ての国


モロッコ


この国に興味を抱いたのは、2年前の夏、スペインの旅でジブラル海峡を隔てた対岸アフリカの地を眺めた時に芽生えた。

過去レコンキスタ以前に栄華を誇ったイスラム勢力の最後の砦アルハンブラ宮殿を追われて、アフリカの地まで落ち延びていった末裔の文化を

又、誇り高き民、ベルベル人の生活等を是非、自分自身の六感に触れてみたい思っていた。


成田空港を夜遅く出発、翌朝ドゴール経由、一路カサブンラカに着いたのは、昼近くであった。

途中、機からは、パッチワークもどきの田園の広大な風景が広がっていた。


ところで、モロッコは2月中旬とはいえアフリカの国、気候は日本の初夏を思わせ梅雨明けでカラットして気温はゆうに20度を超えている。

真っ青な空、真っ青な海が、なるほどカサブランカと言うだけあって白い街並み、その白い陽射が反射して眼に眩しく、いよいよ最西端・異国の地に足を踏み入れたのだと実感した。




遠くには、ランドマーク的存在のハッサン5世モスクが悠然と白い巨大な姿を見せていた。


モロッコは緑豊かな丘陵地帯にはブドウ畑、アトラスから流れ出る良質の水に恵まれてか、ナツメヤシの林と果樹園が広がる赤褐色の平野部又、コルク樫の木や松、杉の緑が鮮やかな高原の谷間にはオリーブやアーモンドの林がオアシスを造り出していた。

その近くの川辺には、そこの集落に住むベルベル人と思われる数人の女性が派手な原色に近い色とりどりの服装で、太ももを露わにス、カートを捲りあげての洗濯が何ともエロチックで微笑ましい光景でした。


フェズの迷路


世界一の巨大迷路都市フェズのメディナ、特にスークでは、ジュラバを羽織った哲学者風の面構えをした小父さん達と、顔を覆った色とりどりのカフタン姿の小母さん達が狭い通路一杯に店開きを展開。

又、その前でけたたましく商売する鼠男達「ウェル・カム・モロッコ」「ヤァー・ジャポン」「ボン・ジュール」

等など、何かお土産を買うと直ぐに、抱きついてきて「フレンドリー」と愛相が良い。

さらに、気前が良いと視るや「バクシィーシィー」としつこく迫るガキ系子供達がスークの喧噪さを醸し出していた。


狭い路地での荷物の交通手段は、ロバ「バラク・バラク」と前から、後ろからと、ふと横を向くと何とロバの長い面と遭遇なんて事も度々ありました。

しかし、曲がりくねった路地を進む度に驚きの連続「今度は何が?」興味深々!でもガイドからはぐれかいように気を使いながらカメラ片手に路上探検!!!

何とここのスークの袋小路は千以上あるそうで、ここで迷子になったら一生人生の迷子に成る事請け合います。


サハラの大自然(エルフードにて)


早朝、ホテル前に数台のランドローバが数台並んでいるが、ほとんどが日本人向け「日の出観光シァー用」に用意された車でした。

メルズーガのシエビ大砂丘を目指して一斉にラリーがスタートしたのだが、私の乗った車はビリケツ、運転手君曰く「安全第一」だそうですが暗い路なき路を、なんと50~60KMで走っている。

小さな竜巻もどきを数本轢逃げして、飛ばしに飛ばして約一時間弱、やっぱりビリで目的地に到着しましたが、そこには、ラクダの基地のようで約20~30頭位待機、早朝なので眠たいのか悲しそうな泣き声で迎えてくれました。


そこは約100M位の砂丘が連なっている。目指す頂上へ向かってラクダに乗ったが、登り坂が急勾配になり、途中からは自力で砂丘登りに挑戦、頂上で日の出まで数分間を呼吸を整えるが、身が引き締まるような静寂を荒い呼吸と心拍が破る様な錯覚の中、砂漠の無音の闇が白み始める。


いよいよ東の国アルジェリアからの御来光、空は淡い青みに黄色が増し更に赤みを加えた茜色と変化し、透明な黄金色へと輝きを増していくのに時間はかからなかった。

そして、昨夜からは、満月であるが、いまだ輝きを保っている最高のロケーションの中でのサハラ大地の体験は感動的な経験でした。

又、ホテルへの帰路何気なく「月の砂漠を遥々と・・・」口ずさんでいました。


キャラバンの道カスバ街道(エルフード~ワルザザート~マラケシュ)


カスバ街道は昔のラクダ商隊達が通った道であり、アトラスの湧水や雪解け水が小石の礫砂漠を潤すオアシスを彼らが切り開いていった道でもある。

街道の名前の由来であるカスバ(要塞化された館、集落)やクサイ(城壁で囲まれた村)がこの街道沿いに点々と建ち並んでいましたが、薄茶色に模られた日干しレンガの家々がとても印象的でした。

途中、アメリディカスバ(50DH紙幣のデザインになっている)に立ち寄ったが、今が盛りとアーモンドの花が一斉に咲き競って、風に舞い散った花弁が絨毯さながら、私を歓迎してくれました。


そして、世界遺産の城塞の村


アイト・ベン・ハッドゥのクサイはモロッコでも1、2を争う美しい村で、レンガ造りの建物が、川辺の斜面の高い丘を這い上がるように沢山の家屋が一斉に積み重なり、そのダイナミックさは迫力満点で美しい景観を誇らしげに「文化遺産ですョ」と訴いかけていました。


この城塞のアプローチには前面の河に小石を詰めた袋を飛び石がわりにして渡らなければならず、増水時を考えてか村人のほとんどは河の手前に住んでいて、観光客相手の「お土産屋」を生業にしているそうです。


では、これから探検です。

河は浅かった、クサイ(本当は臭くは無いが)の中に踏み込んでいくが、巨大な城門は常時閉ざされているようで、左側から回り込んで屋上(頂上)の銃目のある穀物倉庫を目指して狭い急な坂道迷路を左右の家屋を観ながら上がって行くと、突然開けた開けた広場に出たのですが、そこから眼下に広がる眺めは最高でした。

城塞の周りにささやかな畑があり、細々と耕作をしている様子が見られ又、その広場では、一生懸命日干しレンガ造りに数人の住人が生を出していました。勿論、子供達も親の手伝いをしていましたが、外国に来ると何時も思うに、世の子供達は良く手伝いをしている事です。


この城塞の中、屋根や外壁が崩れ落ちた家々が犇めく中で今も数件の家族が生活しているそうです。

その内の一家族のの家を見せて貰いましたが、随分整理され、テレビ、冷蔵庫等と文化的な生活をしている様で又、中庭にはオープンテラスまであり、そこでお茶とお菓子でもてなして貰いました。

この家の高い煙突にはコウノ鳥が巣を作り、グァー・グァーと仲良くお互いがラブコールを送っていたのが心温まるワン・シーンとして今でも印象に残っています。


* 次回はヴェネツィア