ソノウソホント~「うそつき」っ子の話
さてさて。
年長さんの1年、
恐怖政治を何とか耐え抜き、
しゃけも無事に卒園を迎えたのです。
卒園のころにはきくえ先生も
随分怒り方が優しくなりました。
(お互い慣れたんだろうね
)
保育園の3年間は、
怖くて嫌な思い出もあるけど
「どんな風だった?」と聞かれれば
楽しかった
と答えます。
あの頃のしゃけは
まだ「できる」時期じゃなかったのと
怒られるのが必要以上に怖い
と言う性格から、
負の感情&出来事の記憶が2・3割増し
…になってるのが、
自分でわかっているからです。
(消化して納得できたのね
)
今となっちゃぁ、
「あの頃の自分、がんば
」
くらいのもんです。
だけど。
この保育園生活でしゃけの
基本的性格は……。
怒られたくないからなんとかしてごまかす
方へ傾いてしまうのです

(三つ子の魂なんとやら。
今だに引きずりそうになる
私の最大の悪癖です)
小学生時代からはもう、
まさに真骨頂

ネタまみれの6年間がはじまります。
保育園児相手に
「何もできない子」って言っちゃう
(出来ない子供相手には
そう言うもんなんですかねぇ…
)
きくえ先生に、年長さんに
なって当たったしゃけ。
元々弱気で不器用だった私ですが、
きくえ先生になってから更に
ネガティブになりました。
そりゃあ。
他の子がいっぱい褒めてもらってるのに、
自分はできない子だと言われれば
そんなしゃけですが
出来ない子仲間がいました。
その名もちーちゃん。
この、ちーちゃんは、
しゃけよりももっとゆっくりしか
物事に対応できない子でした。
みんなが外に遊びに行っても、
二人だけは居残り折り紙。
もう、先生のヒステリー最高潮

怖くて泣き出すちーちゃんと、
恐すぎて一点を見つめるしか
できない私。
悲しいかな。
年長さんの思い出って、
これしかありません(笑)
ちーちゃんは途中で
お引越してしまい、
そののち居残りは私と
新入りのゆうた君
変わるのですが……。
ちーちゃんと過ごした日々は
私にとって、とても
安らげる時間だったのです。
「できないのは私だけじゃない」
なーんて、ネガティブな
気持ちから来るものだとしても…。
保育園時代の私は病弱でした
(今も虚弱ですが…
) なおかつ、不器用でのろま・うそつき。
かなーり手のかかるお子様だったと
思います。
でも本人は相変わらず弱気で 臆病なものの
保育園には楽しく通っていました。
そんな保育園生活に変化が
起きたのは、年長さんになってから。
担任がきくえ先生になってからでした。
きくえ先生は感情の起伏が
激しいところがあって、
「みんな大好きよ
」 と言った矢先に
「言うこと聞かないなら出て行きなさい
」 と怒ってみたり…。
子供心に「へんなせんせい…」と
思ったものです。
そんなきくえ先生としゃけの
相性は最悪でした。
何をやっても皆より
ワンテンポ遅れるしゃけ。
そんな時に必ず言われるのが
「なんでできないの?」
でした。
怒られる恐怖心から
何も言えない私。
そんな姿を見て、 きくえ先生は
ため息混じりに続けます。
「しゃけちゃんはお話もできないの?
なんにもできない子だねぇ」
私はなんにもできない子
毎日のように言われる
言葉は、しゃけが自分を
「できない子」
と思い込むのに効果抜群でした
小さな子供と関わる方、
なるべく褒めてあげてくださいね~。
出来ないなりに頑張ってるんだよぅ

