毒父の病院の付き添いに行った。
この通院は先日の入院の続き。
何回も日にちを伝えたのに
施設に迎えに行くとすっかり
忘れていたのか朝ごはん食べて
寝ていた。
急いで起こして、杖をつかせて
総合病院へ車を走らせる。
ひとつひとつの行動に時間がかかる。
総合病院の入口で車椅子に乗せ、
私は駐車場に。駐車場も混んでいて
一番遠いところに止めて急足で
父のところへ。休み明けの
せいか、病院は激混みで、受付から
長蛇の列。やっと受付を終えて
車椅子を押しながら、検査室まで
採血に行ったら100人待ち‼️
60分かかるという。
もう予約時間はとうに越すけど
ひたすら待って採血。そのあと
診察に行くのだが、広い院内は
診察室まで車椅子の移動は時間がかかる。
診察室について、そこから90分は
待っただろうか。呼ばれて診察室に
入ってからは5分もかからず出た。
まぁ経過が良いということで
これにて胆石治療は終了とのこと。
ひとまず終わったので、喉がかわいた
という父にオロナミンCを飲ませて。
その後会計を待っても待っても
呼ばれなく、よくよく見たら
私がシステムを間違えていたことが発覚。
結局、10時に入った病院は14時に出た。
病院終わったら仕事に行こうと
思ったけど、疲れてその気力はなくなった。
毒父も疲れただろうと思っていたが、
帰り際に「寿司が食べたい。
奢るから食べて帰ろう」と言った。
確かに昼は何も食べていない。
でも寿司屋のランチはとっくに
終わりだったので、探すのが面倒と
思っていたら、ちょうど、
ファミレス系の個室がある店に寿司
があるのを思い出し。そこに寄った。
毒父は、寿司を美味しい美味しいと
食べていた。
その後、空いてるスーパーで
食べたいものを買い物させて、
施設に送ったら16時頃になった。
1日疲れた。
でもなぜか達成感があった。
何回も入院を延期し、治療をやろうと
再会した時、担当医からあまり
状態がよろしくないと、後ろ向きな
話しがあり、それでも入院して治療を
することにした。
最初の治療から一年近く経って
本日ようやく終了。
父を施設に送って、40歳くらいと
思われる男性支配人に
経過報告とその旨を伝えた。
この人は入所から色々手続きを
しているから、私の立場を知っている。
和かに、「ほんとお疲れ様でした。
ようやくですね。長かったですね。」
と私を労った。
ありがとう。他人でもその言葉
嬉しいです。
そう労ってくれる人は、私には
誰一人いないから。
その夜は一人お疲れさん会をした。
嫌いな人と会う事。今回は夫もおらず
私一人ですごく気疲れした。
この治療は終わったから、あとは
寿命に任せよう。
私はやれることをやったのだから。