全て飲み干す~最期のキスを添えて~
課題文 nuco
Answer小説 作 はちゃこ
君が口にした「好きだ」の3文字を、するりとかわして、私は微笑む。
「私は誰のものにもならないよ、だってそういうのって窮屈じゃない?」
「…それって、俺はフラれたってこと?」
期待を裏切る私の答えに、君は不満の色を隠さない。
「拗ねないでよ」
「…別に、拗ねてねぇし」
君との出会いは1年前。
あの頃、機会さえあれば、簡単に命を絶とうとしていた、君。
何がそこまで追い詰めたのか、事情なんて私の知ったこっちゃないが、君は次第に寝ても覚めても、生と死、夢と現実の間を彷徨うようになった。
家族の手によって半ば強制的に入院させられた君は、いつしか病棟で忙しく飛び回る私の姿を見つけることになる。
…と言っても、私は白衣の天使なんかじゃない。
私は、そう…いわゆる死神。
君が大部屋のカーテン越しに覗き見たのは、今まさに人生を終えようとする者と死神との契約の儀式だった。
契約事項の確認後、私が契約者と口づけをすると、契約成立。
死の淵で彷徨う契約者の中には、指先ひとつ動かせない人も少なくない。
だからこれはいたって義務的な…そう、契約書に拇印を貰うようなものだと思ってほしい。
締結の儀式ののち、身体から抜け出た死者の魂を回収し、あるべき場所へ運ぶのが、私たち死神の仕事だ。
本来、私の姿は、死期が近い人にしか見えないはずなんだけどね。
君は度重なる自殺未遂で生気を失ってフラフラしてたから、死神の私とも、たまたま波長が合ってしまったんだろう。
だから、急に話しかけられたときは、驚いたよ。
「なぁ、おまえ、死神なんだろ。俺も連れてってくれないかな。次こそは確実に死にたいんだ」
まさか、死神に直接、自殺幇助を願い出てくるやつがいるとはね。
しかし残念。君の願いは、叶えてあげられそうにない。
「死神」と言っても、私はしがない運搬業者だ。
勝手に人間の命を縮めたり、伸ばしたり、弄ぶような権限は持ち合わせてはいない。
だが、君はあきらめが悪かった。
選んだ方法は、最低そのもの。他人の命を犠牲にしたのだ。
儀式を行うために、私がその場に現れることを、君は知っていたから。
仕事に行く先々で、私を待ち構えては、ときに甘え、縋りつき、情に訴える。
その異常なまでの死への執着は、却って君に生きる目的を与えてしまったようで…。
「おまえに会いたいと、殺してほしいと、求めれば求めるほど、おまえの姿が見えなくなってしまう」
そりゃそうだ。本来、死神の姿なんぞ、そう簡単に見えるものではないのだから。
とうとう思い悩んだ挙句、君は私に愛を囁き、投げやりに私の唇を奪った。
薄っぺらい愛で死神を拘束し独占すれば、今度こそ楽に死ねると思ったのか。
その考えがあまりにも陳腐で、幼稚だったので、ついに私は笑いを堪えきれなくなった。
そうして私たちは今、唇を重ねている。
――彼の父親の死体の横で。
床に転がった空のワインの瓶に付着している深紅の液体は、赤ワインではなく血液だ。
これが彼の父親の命を奪った凶器であることは、疑う余地もないだろう。
しかし、もうひとつ。
この瓶からは、後の調べで毒物が検出されることになる。
そう、毒物…
自死を望むどころか、殺人の罪を重ねていることを知ってしまった父親は、毒を盛ったワインを息子に勧めた。
息子の命も、その蛮行も、自らの手で絶とうとしたんだ。
まぁ、その瓶の中身も、父親の苦渋の決断も、君はついに気づくこともないまま、すべて飲み干してしまったんだけどね。
「絶対俺のモンにしてやる」
そう語りながら、私の瞼に口づける。
どうやら今は、私の姿がはっきり見えているらしい。
「絶対に無理だよ」
君の眼には、私はどんな表情にうつっているのだろう。
抱きしめられた腕に、ぐっと力がこもる。
私は君と「最期の」口づけを交わした。