今日は母と、祖父のお墓参りに行ってきました。
今日の朝まで予定もしてなかったのですが、最近命日だったのもあり、急に行く事になりました。
その向かう途中、祖父母の話や、身内の話をしながら向かいました。
今までこんな事あったね~とか、従姉妹の○○ちゃんはおばあちゃんっ子やったね~っていう他愛もない思い出話なんですが。
そんな話をしてると、すっごいなつかしくなってくると共に、じ~んと胸が熱くなってきました。
もちろん当たり前の事なんやけど、私がここまで生きてきた歴史には、父母筆頭に、たくさんの身内の方々が関わってきてて、その存在や優しさなしでは、今の私っていなかったんやろうな~、ってなんだかしみじみ思ったんです。
それなのに最近の私はというと、自分の事しか考えてなくって、自分自身で視野をすっごい狭くしか見れなくしてたんです。
だから自分以外の周りの事には全然気が回ってなかったし、私の事すっごい考えてくれてる、親や大切な人に失礼な事もしてたかもしれません。
いや、してたと思います。
もちろんそんな状態はだめな事は分かってるんですが、もう自分でもどうにもできないくらい、いっぱいいっぱいでした。
何が自分をそうさしてるのか…、ほんのしょうもない理由なのかもしれません。
いや、しょうもない理由なんだと思います。
だからこそすぐにだめになってしまう自分がふがいなかったりと、負の感情がさらに負の要素を呼び、負の連鎖にはまってしまってました。
でも今日、そのしみじみと思った瞬間、がっつり負の連鎖にはまってしまってる自分が、なんてちっぽけやったんや、って少し目が覚めた気分になったんです。
私は今までどれだけの人に支えられて、大切にされてここまで生きてきたんやろうって、
大切にしてもらうだけしてもらって、私には何か返せてるんやろうか、
となんだか申し訳ない気持ちと共に、飽きれるのを通りこすぐらい自分に飽きれかえりました。
そして祖父のお墓の前に行く頃には、ほんっとしっかりしないとって思って泣きそうになりました。
祖父のお墓を前にして、いつも優しかった祖父、私を大切にしてくれてた祖父を思い出し、
私もそんな祖父を見習って、周りの大切な人を、大切にできる人間にならないとって心底気付かされました。
そして実は、祖父のお墓参りに行くのは今日が初めてだったんです。
亡くなったのは7年も前やのに、ほんっとに恥ずかしながら今まで行った事がなかった。
それなのに、今日は急遽お墓参りに行く事になり、そして向かう途中の普段あまりしないような身内話で胸がじ~んとなり、
これはただの私の考えようなんでしょうけど、祖父不幸な私を、祖父は見捨てずに今だに見守ってくれてて、今日は大切な事に気付かせるために導いてくれたんかなって思いました。
『おじいちゃん、今まで会いに行かなくてごめんね。
これからはちょこちょこ会いに行くからね。
大切な事に気付かせてくれてありがとう。
きっと私はあほやから、また大切なもの見失う事もあるかもやけど、見守って時には喝入れてください。』
今日のこのブログは、今だかつてないくらいの自己満足な記事やし、言葉にするのが苦手な私の短所を最大限に生かされた記事やのに、最後まで読んでくれた方ありがとうございます。
私は単純やし、すぐにいろんな大切な事さえ忘れてしまうやつなんで、今日感じた事はなにか形に残しておきたいと思い、ここに書き残す事にしました。
また自分がいっぱいいっぱいになった時には、これを読み返そうと思います。
今日はおじいちゃんのおかげで、目が覚めたし、
さぁ~、明日からはまた元気に行くぞ~
