他の人と同じじゃない?いや同じには思えてこない。同じなんかではない。同じというと何をそもそものところとして意味するのもわからないし。そんな風に自分はなったりしているようなわけでもないしさ。なんか酷いことなんてしてないし、人のことを傷つけるようなことをしてない。もし、したりしているのだとしたら、しないようにしていこうとも思ってる。
誰でも酷いことはするのでは?確かにそう言われてみると、ばれてないとか知らないとか、そういう問題というだけで、誰でも酷いことっていうのはしてそうな感じもする。でも、自分のは違うというか、そもそもで内容の部分も違う。その場にいる人達のほぼ全員が敵に回ったりしたんだからね、他の人も自分と同じようなことを思っていてもおかしくないさ。
全員が敵に回ることってときにはあるよね。確かにあるといえばある。でもそれは、あくまで他の人が自分のことを勘違いしていた場合。それに、勘違いというのをされているというだけじゃなくて、自分がそれほど悪いことをしたりしてないとき限定だよ。そうでないのなら、自分に落ち度があるのが当然さ。
悪いことなんてみんなするんじゃないの?確かにするといえばするかもしれない。小さなことから始まれば、万引きとか盗みとか。他にも人のことを責めたり傷つけたりとか騙したりもあるかもしれない。でも、自分はそんな人じゃないって思うし。そこまで酷くないというかね。そこまで酷くならないための線引きをするがために、自分のことを責めているというか、何とかしようとか思ったりしてるしさ。
別に自分はそんな人じゃないと思っても良いのでは?まあそう言われるとそうかもしれないけど。なんか申し訳なく感じたりするというかさ。そんな差別をしたりして良いのかなって。だって、その人達だってしたくてしたわけじゃないだろうしさ。としたら、なんかそういう風な決めつけをして、一方的な悪と断罪してしまう自分がダメなような気がしてさ。
その人達や自分が悪なことをしてないのなら、凄くその人達に優しく接することができそうな雰囲気っていうのを持ってる気もするけど?いや、それは無理というかさ、一度してしまったとしたら、以後その人もしてしまう可能性があるってことさ。とすると、そんな風二彼らのことを見ることはだきない。当然、自分もそんな風には見られない。おそらく、相手に気を使わせるだろうし、避けられたりするのは当たり前。
誰でも避けられたりするのでは?確かに、情報というものがないときに、人は避けられたりするかもしれない。また興味をそそられるような情報などがなければ。でもそうだとしたらさ、昔の自分とかその場の自分という少ない情報を知ることをしながらも、そんなことを言われてしまったんだ。あのときに、別の情報を加えてもそれは変わらないと感じる。
世の中にはどうにもならないことや、変えることのできない現実っていうものもあるんでは?そう言われるとそのようには感じる。どうにもできないことや、変えられないことってのは確かにあるよ。あるけれどさ、これは違うじゃん。変えなきゃいけないことじゃん。あんな情報であういう風に思われたり、あんな印象を抱かれたりというのをするんだからさ。ということは、どこに行ってもそうなるんだよ。
どこに行ってもみんなそんな感じだよね?そう言われると、別に自分じゃなくてもそんな風に見られたりしたのかな?だって、なんかあれが自分の全てな訳ではないし。でも、あのときとかは本当にあれが自分の全てで、そんなような行為をしたりしてしまう自分がダメなんだっていう風に思ってた気がする。思ってたし、そうとしか思えなかったしさ。
大抵、人ってダメなやつだって思われたりするもんなんじゃないの?そうなのかな。そうは思えなかったけど、なんかそうだとしたら、どうしてそこに拘ってたのかな。いやダメじゃいけないんだよ。でもみんなダメだとしたら、自分はどうすれば良いのかわからなくなってくる。ダメな自分がいけないと思って変わろうとしてきたんだし。他の人が自分のことを責めてきたってことは、自分はダメなやつなんだってことだし。でもそうすると、責めてきた人も自分と同じ部分があったってこと?そうは思えないけどさ。
責めるっていうのは誰でもするんじゃない?そう言われてみると誰でもする気もする。それに誰でもするってことは、一人一人で責めるような部分というのが違うというのが不思議に思えてくる。そうすると、意見というのが対立したり、怒られたりしたり仲違いしたりするのも仕方ないと思えたりしてくる。でも、そんな中でも自分のは違うような気もしてる。自分の場合は責められるべくして責められたものだよ。
責められたときって、だいたい責められるべくして責められたものばかりなんでは?そう言われるとそうだけど、中には責められないような理由がなくて責められる人もいるよね。でも自分のように明らかな過失や明らかな悪意などがあったりした上で、責められたりする人というのは中々いないんだよね。
悪意や過失がばれて責められたり、怒られたりする人はいるのでは?いるのかもしれないけど、そういう人はちゃんと人に許してもらえてるし、改心をしたり償いというのをしたりしている。でも自分はそのどれもをしていないような気がしてる。というものの、許されてないし。人と繋がれてない。これが意味するのは、自分のしたことは大きいということ。
でもそれを聞くと、誰しも人に許されなければ罪はどんなことでも重いと言ってるように聞こえるよ?確かにそうかもしれない。しかし、そうだとしたら、どうして自分だけは許してもらえないのか?自分だけは慰めてもらえたりしないのか?あれほど謝ったのに。あれほど謝罪したのに。自分だって傷ついた。自分だって悔しかったし惨めだった。でもそれらはすべて見せずに、とにかく謝罪などに徹した。それでも、ああなるということは、ダメなんだよ。
それを聞くと、相手も加害者だよね?え、いやそんな発想はなかった。確かに自分も凄く傷つけられたりした。でも、そこは自分が傷ついたりしてはいけないことだったんだと思う。自分は、明らかに傷つけるような意図を持って言ってしまったと思う。いや、調子に乗って偉そうなことや、人を傷つけたりしてしまうようなことを言ってしまったんだと思うよ。
人を傷つけることって多いよね?いや、多くないと思う。人のことを傷つけない人は確かに傷つけたりっていうのをしないはず。自分は人のことを素で傷つけたりしてしまう人なんだと思う。傷つけないように細心の注意を払わなければならない。
細心の注意を払わなければ、いつでも人のことを傷つけてしまうと聞こえるけど?そうなんだと思う。おそらく、自分は生きてるだけで人のことを傷つけてしまうはず。自分の顔や臭いとか。多分話さなくても傷つけたり嫌われたらしてしまう。疎まれたりしてしまう存在なんだと思うよ。自分はね。
人って誰しも疎まれるものでは?そうかな?確かに、そんな風な匂いを発してたりブサイクすぎたりしたら、疎まれたりするのかもしれない。でも、全員がそんなことをするわけじゃないよね。でも自分は特別疎まれたりしてしまう才能ってのを持ってる。人から嫌われたりいじめられたら疎まれたりする才能っていうのは、人一倍持っていると自負しているよ。
でも、それ誰にでも言えるんじゃないかな?そうかなぁ。でと他の人を見ている限りはそうは思えない。他の人は自分のようになってないし。仲間もいたり、活躍もしたりしているし。確かにそれでそんなことをされたりもするのかもしれないけど。でもそう思うと、どんな人でもそんな風にされたりする可能性っていうのがある気もしてくる。そう思うと寂しいというか、悔しいような気がしくるかもしれない。
としたら、自分は特別そんな存在じゃないように聞こえるけど?他の人は何とか自分を守れてたり、誰かに守られたりしているだけでさ。そう言われると、そうなのかもしれないけど。でも他の人より特別疎まれたりしているのは事実だと思う。更に言えば、もしそれらが事実だとしたら、自分は寂しい人間だよね。誰にも助けてもらえないばかりか、誰も友人も居ないし、自分のことを守れないし守ってももらえないしさ。
人って大抵守ってもらえないし守れないんじゃない?いやそうは思えないよ。だって、みんなある程度大人になったりしたら、自分のことを守るようなことをしたりもしてるしさ。でも、そうだとしたらね、結局のところとして、それらを満たせない自分が悪いように感じるというか。もしそうだとしたら、暴力とか強かって何なの?そんな本来何も守れたりしないようなものに、自分は疎まれたり責められたり殴られたりしたってこと?としたら、そういうことをする人ってのは、その逆のことがわかってないってことなの?
守れなかったら、同じになれるかもっていう希望が見える気もするけど。確かに、自分が見ていた現実とは違って、誰も誰のことも守れないし、自分のことも守れないとしたら嬉しいよ。だって、自分のことを守ることができないのは自分だけじゃないって思えるから。でもそうじゃないのなら、自分は自分でも守れないばかりか、誰にも守ってもらえることができなぁっていう風になったりっていうのをしてしまうしさ。
誰でも酷いことはするのでは?確かにそう言われてみると、ばれてないとか知らないとか、そういう問題というだけで、誰でも酷いことっていうのはしてそうな感じもする。でも、自分のは違うというか、そもそもで内容の部分も違う。その場にいる人達のほぼ全員が敵に回ったりしたんだからね、他の人も自分と同じようなことを思っていてもおかしくないさ。
全員が敵に回ることってときにはあるよね。確かにあるといえばある。でもそれは、あくまで他の人が自分のことを勘違いしていた場合。それに、勘違いというのをされているというだけじゃなくて、自分がそれほど悪いことをしたりしてないとき限定だよ。そうでないのなら、自分に落ち度があるのが当然さ。
悪いことなんてみんなするんじゃないの?確かにするといえばするかもしれない。小さなことから始まれば、万引きとか盗みとか。他にも人のことを責めたり傷つけたりとか騙したりもあるかもしれない。でも、自分はそんな人じゃないって思うし。そこまで酷くないというかね。そこまで酷くならないための線引きをするがために、自分のことを責めているというか、何とかしようとか思ったりしてるしさ。
別に自分はそんな人じゃないと思っても良いのでは?まあそう言われるとそうかもしれないけど。なんか申し訳なく感じたりするというかさ。そんな差別をしたりして良いのかなって。だって、その人達だってしたくてしたわけじゃないだろうしさ。としたら、なんかそういう風な決めつけをして、一方的な悪と断罪してしまう自分がダメなような気がしてさ。
その人達や自分が悪なことをしてないのなら、凄くその人達に優しく接することができそうな雰囲気っていうのを持ってる気もするけど?いや、それは無理というかさ、一度してしまったとしたら、以後その人もしてしまう可能性があるってことさ。とすると、そんな風二彼らのことを見ることはだきない。当然、自分もそんな風には見られない。おそらく、相手に気を使わせるだろうし、避けられたりするのは当たり前。
誰でも避けられたりするのでは?確かに、情報というものがないときに、人は避けられたりするかもしれない。また興味をそそられるような情報などがなければ。でもそうだとしたらさ、昔の自分とかその場の自分という少ない情報を知ることをしながらも、そんなことを言われてしまったんだ。あのときに、別の情報を加えてもそれは変わらないと感じる。
世の中にはどうにもならないことや、変えることのできない現実っていうものもあるんでは?そう言われるとそのようには感じる。どうにもできないことや、変えられないことってのは確かにあるよ。あるけれどさ、これは違うじゃん。変えなきゃいけないことじゃん。あんな情報であういう風に思われたり、あんな印象を抱かれたりというのをするんだからさ。ということは、どこに行ってもそうなるんだよ。
どこに行ってもみんなそんな感じだよね?そう言われると、別に自分じゃなくてもそんな風に見られたりしたのかな?だって、なんかあれが自分の全てな訳ではないし。でも、あのときとかは本当にあれが自分の全てで、そんなような行為をしたりしてしまう自分がダメなんだっていう風に思ってた気がする。思ってたし、そうとしか思えなかったしさ。
大抵、人ってダメなやつだって思われたりするもんなんじゃないの?そうなのかな。そうは思えなかったけど、なんかそうだとしたら、どうしてそこに拘ってたのかな。いやダメじゃいけないんだよ。でもみんなダメだとしたら、自分はどうすれば良いのかわからなくなってくる。ダメな自分がいけないと思って変わろうとしてきたんだし。他の人が自分のことを責めてきたってことは、自分はダメなやつなんだってことだし。でもそうすると、責めてきた人も自分と同じ部分があったってこと?そうは思えないけどさ。
責めるっていうのは誰でもするんじゃない?そう言われてみると誰でもする気もする。それに誰でもするってことは、一人一人で責めるような部分というのが違うというのが不思議に思えてくる。そうすると、意見というのが対立したり、怒られたりしたり仲違いしたりするのも仕方ないと思えたりしてくる。でも、そんな中でも自分のは違うような気もしてる。自分の場合は責められるべくして責められたものだよ。
責められたときって、だいたい責められるべくして責められたものばかりなんでは?そう言われるとそうだけど、中には責められないような理由がなくて責められる人もいるよね。でも自分のように明らかな過失や明らかな悪意などがあったりした上で、責められたりする人というのは中々いないんだよね。
悪意や過失がばれて責められたり、怒られたりする人はいるのでは?いるのかもしれないけど、そういう人はちゃんと人に許してもらえてるし、改心をしたり償いというのをしたりしている。でも自分はそのどれもをしていないような気がしてる。というものの、許されてないし。人と繋がれてない。これが意味するのは、自分のしたことは大きいということ。
でもそれを聞くと、誰しも人に許されなければ罪はどんなことでも重いと言ってるように聞こえるよ?確かにそうかもしれない。しかし、そうだとしたら、どうして自分だけは許してもらえないのか?自分だけは慰めてもらえたりしないのか?あれほど謝ったのに。あれほど謝罪したのに。自分だって傷ついた。自分だって悔しかったし惨めだった。でもそれらはすべて見せずに、とにかく謝罪などに徹した。それでも、ああなるということは、ダメなんだよ。
それを聞くと、相手も加害者だよね?え、いやそんな発想はなかった。確かに自分も凄く傷つけられたりした。でも、そこは自分が傷ついたりしてはいけないことだったんだと思う。自分は、明らかに傷つけるような意図を持って言ってしまったと思う。いや、調子に乗って偉そうなことや、人を傷つけたりしてしまうようなことを言ってしまったんだと思うよ。
人を傷つけることって多いよね?いや、多くないと思う。人のことを傷つけない人は確かに傷つけたりっていうのをしないはず。自分は人のことを素で傷つけたりしてしまう人なんだと思う。傷つけないように細心の注意を払わなければならない。
細心の注意を払わなければ、いつでも人のことを傷つけてしまうと聞こえるけど?そうなんだと思う。おそらく、自分は生きてるだけで人のことを傷つけてしまうはず。自分の顔や臭いとか。多分話さなくても傷つけたり嫌われたらしてしまう。疎まれたりしてしまう存在なんだと思うよ。自分はね。
人って誰しも疎まれるものでは?そうかな?確かに、そんな風な匂いを発してたりブサイクすぎたりしたら、疎まれたりするのかもしれない。でも、全員がそんなことをするわけじゃないよね。でも自分は特別疎まれたりしてしまう才能ってのを持ってる。人から嫌われたりいじめられたら疎まれたりする才能っていうのは、人一倍持っていると自負しているよ。
でも、それ誰にでも言えるんじゃないかな?そうかなぁ。でと他の人を見ている限りはそうは思えない。他の人は自分のようになってないし。仲間もいたり、活躍もしたりしているし。確かにそれでそんなことをされたりもするのかもしれないけど。でもそう思うと、どんな人でもそんな風にされたりする可能性っていうのがある気もしてくる。そう思うと寂しいというか、悔しいような気がしくるかもしれない。
としたら、自分は特別そんな存在じゃないように聞こえるけど?他の人は何とか自分を守れてたり、誰かに守られたりしているだけでさ。そう言われると、そうなのかもしれないけど。でも他の人より特別疎まれたりしているのは事実だと思う。更に言えば、もしそれらが事実だとしたら、自分は寂しい人間だよね。誰にも助けてもらえないばかりか、誰も友人も居ないし、自分のことを守れないし守ってももらえないしさ。
人って大抵守ってもらえないし守れないんじゃない?いやそうは思えないよ。だって、みんなある程度大人になったりしたら、自分のことを守るようなことをしたりもしてるしさ。でも、そうだとしたらね、結局のところとして、それらを満たせない自分が悪いように感じるというか。もしそうだとしたら、暴力とか強かって何なの?そんな本来何も守れたりしないようなものに、自分は疎まれたり責められたり殴られたりしたってこと?としたら、そういうことをする人ってのは、その逆のことがわかってないってことなの?
守れなかったら、同じになれるかもっていう希望が見える気もするけど。確かに、自分が見ていた現実とは違って、誰も誰のことも守れないし、自分のことも守れないとしたら嬉しいよ。だって、自分のことを守ることができないのは自分だけじゃないって思えるから。でもそうじゃないのなら、自分は自分でも守れないばかりか、誰にも守ってもらえることができなぁっていう風になったりっていうのをしてしまうしさ。