お恥ずかしい話、読書と言われる読書を避けてきた。
太宰治、森鷗外、宮沢賢治、芥川龍之介…
読んだことなかった。
ただ、理由もなく避けてきた。まぁ、興味がなかったと言えばそれまでで...
なんか、手っ取り早い本ばっかり選んでた
と言っても、何を読もうが目的は個人の自由だからね。
しかしだ、本を読んでると言って、本を読んでる人達とは並べない未熟さを感じていたのが
名作、文豪シリーズを読んでいない、知らない、語れないというところだった
大晦日、ふと短編小説が複数詰まった本をダウンロードした、作家の名前は知っているという、それだけの知識量が発揮された目次欄
一つ一つ読み終えるたびに、AIに、自分の解釈と、タイトルの要約をお願いし、答え合わせの感じで読み進めてみた。
一言で言えば、これが読書か…。と腑に落ちました。
俺が読んできたような本、自己啓発なんか好きだったんですが、スピリチュアル等も
大雑把に言うとなんか、あーしろ、こーしろ、と聞こえてくるんですよね。
あと、言ってることが全部一緒なんで、何冊読んでも変わらないんですよね。
例えば、自分の見解ですが
自己啓発本は、行動しろ。
スピリチュアル本は、感謝しなさい。
これだけなんですね。
しかし、この名作シリーズは良かった。AIの要約もありきだが、
あーしろ、こーしろ、ではない
自分の内側から生まれてくる何か、自分の持つ人生観をあらためて知る
なんというか、気付きがデカイ。
答えを言わず、考えさせる、答えさせる、気付かせる
そうさせる力があるのが名作と言われる所以だね。
今さら知りました45歳。
だからと言って、20歳の俺が読んでも何も気付かないだろう
30歳でも気付かないだろう
ただ、10年後読んだら、また違う気付きをえられるかもしれない
今がただこうなだけ
さすが、名作、文豪、深い。
