「 当たり前といえば当たり前なんだけどね。。 



そのときの母は 麻薬はやるは、アルチューで、吐血を繰り返していてもお酒はやめないし、



倒れる度に救急車で運ばれては、お世話になって、



そして 退院した途端、またお酒を飲んで 倒れて病院へ戻ってくるの繰り返しだったみたい。  










愛想つかされても当然なのだけど。。




病院の人たちは、きっと、『またこのジャンキー戻ってきたよ。。』としか思ってなかったのよね。。  


そういう人は、母だけじゃなくって、いっぱいいるだろうし、



病院の人たちがあきれて世話する気が無くなっても当然といえばそうなのよね。












でもね、実際に、彼女が病院の人たちに ゴミのように扱われているのを見たとき、






自分でも驚くほど腹が立ってしょうがなかったのよ。













明らかに母をコバカニしていた態度の看護婦なんて本気で殴りかかりそうになったわ。

















その時に、気がついたの。










本当に、自分を産んでくれた 母親である彼女を、









長年ゴミのように扱い続けていたのは、 他でもない自分だったことに。







どんなに母を 憎んでいても、それよりももっと、彼女を 愛していた事に。








人間は、 その人を嫌っていても、 同時にその人を愛する事が出来るのよね。





母はいい母親とは到底呼べない人だったけど、それで母を憎んでいたけれども、










それと母を愛していたか、いなかったかは、また別の事だったのよ。








娘である私だけは、例え母がどんな人間でも、





例え嫌いながらでも、 ありのままの母を、 愛し続けているべきだったのよ。






そしてそれを彼女に伝え続けていくべきだった。」