外国住むことで
ハッと気付かされる事って、
なによりも 自分の国のいい所、悪い所、だとおもいます。
国内にいる時は、それがただただ普通で、比べるものがないだけに、
いいことなのか、悪い事なのかもわからずに生活している事も多いと思うのですが、
外に出てみると、
ああ、日本はこういうところがいいところだわー
とか、
日本はここが良くないとか、 色々クリアに見える気がします。
例えば、
日本は他の国と比べて、格段に 綺麗だし、人はとってーも 親切です。
食べ物の添加物や動物に使うホルモン剤などが、とても低いことも 防癌対策として欠かせないいい点だし、
なによりたべもの自体の味が格段に 美味しいです。
車や電気製品は 壊れずらいし、
宅急便などの運送系の会社は時間にとっても 正確。
嘘をつくことが悪い事だと(嘘つきはいっぱい居たとしても) みんな理解しているし、
(当たり前のことのようですが、嘘をつくことが そんなに悪い事でもない国もいっぱいあるんですよ。)
多くの人が、人の迷惑になるようなことは恥だと思っている所も、凄くいいところだとおもいます。
私はアメリカでの生活が気にいっているのですが、
例えば、
家具を買って、「その日の午前中に届けるので必ず家にいてください。」などといわれて待っていると、
その日結局来なくって、
夕方の5時過ぎにムッとしてこちらから電話すると、
「ああじゃ、明日届けますよ。」
と 面倒くさそうにあやまりもせず言われ、
その上、 その次の日も連絡も無くまた来ない、、、、、、、、、、などのことや、
スーパーで普通に買う 食品が、日本と比べると(特に肉類、牛乳はひどいです。)極端に味が悪いばかりか、
薬臭くって食べれなかったり、
掃除機は5万くらいは出さないと、一年以内に壊れるようなのしか手に入らなかったり、
等などのことがあると、
ああ、日本って良かったわー![]()
と思わずにいられないです。
でもそれらのことよりも、
ああ、日本って本当に良かったなー。。
と思うのは、
麻薬が簡単に手に入らない所。
子供を持つ母親として、麻薬は私もとっても恐れている事のひとつです。
子供が高校生以上になってしまえば、
尻を叩いて叱れば言う事を聞くというものではなくなってしまいます。
やりたいと思えば何でも出来る年になった時に、
きちんとした強い精神で、
麻薬はやらない!!!!と言う 本人の強い意志 がないと、
簡単に麻薬にはまってしまうのだと思います。
私は麻薬はまったくやらないのですが、
それでも家から 10分以内のところで、
麻薬が買える場所を 2箇所知っています。
本当に簡単に麻薬が買えるこの国で、
麻薬をやらない、または麻薬を辞めるというのは、
きっと日本のそれよりもっと難しいんだと思います。
でもだからといって、
麻薬をやる、やらない、はその人の意思。
自分がいい人生を送ろうと努力するかしないかは、 その人だけが出来る事。
どんな背景があるかどうかは置いておいて、
私は子供のある人間が麻薬を使うのを辞められないのを見ると、
腹がたって腹が立ってしょうがなくなります。
子供は親が幸せそうな姿を見ると、それが幸せの 象徴のように記憶するそうです。
例えば親がお酒をいっぱい飲む人で、お酒を飲んでいる時は上機嫌だったのを見て育つと、
その子にとっても大きくなった時に、お酒を飲むことが、
リラックスできて幸せを感じることになることが多いそうです。
これは心理学的なもので、
子供が育つ時、家庭として目に映ったものが、 どれ程影響力があるか、の一例なのですが、
これは麻薬にも大きく当てはまる事です。
私のベイビーシッターさんは、もう6年以上も前からずっと私の子供の面倒を見てくれていて、
彼女には3人の子供がいるのですが、
その三人の中でも特に長男のシーザー(仮名)は、私にとって甥っ子のような子です。
私が彼女に子供の世話を頼むようになった時、
彼は 8歳のそれはそれは可愛らしい子でした。
ベイビーシッターの家族は メキシコ人で、
スペイン語しか話さないのですが、シーザーだけが、小学校に通い始めていた為、
英語も話すことが出来ました。
小さな男の子に通訳してもらう事によって、私とベイビーシッターさんは会話をすることが出来ていたのです。
彼が13歳になったとき、シッターさんの家の隣の空き家に家族が引っ越してきました。
その時、彼が言った、
「お隣に僕と同じ年の子供が引っ越してきたんだよ!
今まで回りに子供がいる家族が居なかったからつまらなかったけど、これでやっと遊び友達が出来るよ!」
という言葉を今でも覚えています。
ここは日本と違って、 子供の誘拐が本当に多いので、(金銭目的ではなく、その他の目的での誘拐が殆どですが)
子供だけで外で遊ばせる親は 殆どいないです。
特にシッターさんのおうちはとっても保護的なので、
13歳になっても、シーザーは家のすぐ周り以外にはひとりで行ってはいけない事になっていました。
だからこの時の、
彼の喜びは本当に大変な物だったのです。
この時は、私たちはその家族がちょっと複雑な事情を抱えていた事などは、まったく知りませんでした。