■コメ農家は低米価に悲鳴―この上TPPか


 2015年産のコメの収穫が始まりました。早場米では昨年に比べて1000円前後高い概算金が設定されました。私の地元千葉県のある農協では、コメの買い取り価格を9500円にしたと聞きました。昨年に比べれば500円上がったそうですが、農家の方にしてみれば昨年の暴落から大きく値が回復したとは言い難い金額です。

 コメの生産費はおよそ1俵16000円とされています。それに全く届かないどころか、ここ数年の全国平均を見ても14000-15000円で推移してきたコメの相対取引価格が、昨年は一気に12000円を割り込みました。

 農家の方々は「コメ作ってコメ食えねぇ」と怒りの声を上げています。「コメでも野菜でも、価格がちゃんと安定していれば後継者だっているんだ」「農産物の
価格が安いから展望がない」「1万円を割ったらコメ作りは続けられない」という声はどこに行っても聞く話です。

 コメの年間需要はいま、約800万㌧余りです。そして、年々需要が減少していると言います。にも関わらず日本は、MA(ミニマム・アクセス)米を毎年77万㌧も減らすことなく輸入しつづけています。

 TPP交渉では、この上さらに別枠輸入5万㌧を主張したと甘利明経済担当大臣は明言しました。とんでもない話です。

 26日、久しぶりに再会された衆院の農水委員会で、私は林芳正農水大臣に「5万㌧という数字が農家にとってどんな意味があると思うか」と聞きましたが、「交渉の具体的内容についてコメントは控える」と繰り返すのみでした。

 コメは主食作物というだけでなく、水田を通じて日本の水源を守り、土砂流出を防ぎ、農山村の景観を維持するなどの多面的な機能をもつ、大変重要な作物です。政府は、コメの需要が毎年8万㌧程度減少しているから余っているんだと強調してきました。米国はそれを大きく超える17万5000㌧もの別枠輸入を要求していると言います。しかも、日本は7万㌧まで譲歩するという報道までされています。

 そもそも、衆参の委員会で可決した国会決議は米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物の重要5品目について、「引き続き再生産可能となるよう除外または再協議の対象とすること」としています。さらに「自然的・地理的条件に制約される農林水産分野の重要5品目などの聖域の確保を最優先し、それが確保できないと判断した場合は、脱退も辞さないものとする」とあります。つまり、TPPで交渉するなと書いてあるのです。ただでさえ再生産ができない価格に追い込まれているコメの現状に、さらに追い打ちをかけるような交渉など直ちにやめるべきです。


■各国の死活的利益が交錯するTPP

 7月末、日本側の交渉団は最終合意するんだと鼻息荒くハワイの閣僚会合に臨んだわけですが、大筋合意には至りませんでした。甘利大臣は会合の後の記者会見で「8月末までに会合を持つというのが共通認識」と述べたのに、その6日後には「8月中の開催は困難」とし、さらに10日後にはテレビ番組で「9月いっぱいに開催しないと」と伸ばしました。あれから1週間以上経ちましが、政府は「決まっていない」と答弁するしかありませんでした。

 決まらない理由は何でしょうか。安倍首相はハワイで合意できなかった理由について10日の紙智子議員の質問に答え、「一部の国の間の物品市場アクセス交渉、知的財産分野の一部について各国の利害が対立した」と答えました。
 物品市場アクセスとは、具体的にいうとニュージーランドの長年の懸案だった乳製品です。甘利大臣は紙議員の質問に「ニュージーランドの日本に対する過大な要求を我々が阻止したんだ」と胸を張りましたが、そもそも同国は乳製品を念頭に例外なき自由化という趣旨でP4からTPPへの枠組みを構想したのであり、たやすく引き下がるわけがないのです。

 知財の一部とは、医薬品の保護期間のことです。米国にとって医薬品は巨額の利益を生む分野であり、特許保護期間を12年にしろと譲りません。一方、他の国はジェネリック医薬品が製造できなくなるから5年以内にしろと猛反発しています。医療費の高騰に直結する問題であり、国民のいのちがかかっている問題です。だから必死に抵抗するわけです。

 このほかにも、原産地規制の問題があります。自動車部品をめぐってNAFTAの62.5%という高い付加価値基準を受けて入れているメキシコにとって、「日米合意の40-55%は受け入れがたい」(日経8/2)のは無理からぬ話です。こちらも容易に解決しそうにない状況と聞きます。


■漂流の危険性とは?

 甘利大臣は17日のテレビ番組で「漂流する危険性がある」と言いました。なぜ漂流する危険性があるのか。
 米国議会におけるTPAの可決は賛成数が議決に必要な数ギリギリでした。米国は交渉を常に議会に監視されていて、TPP賛成派が納得するような内容でなければ否決されかねない。当然、強硬姿勢になります。仮に交渉が妥結しても、署名までの最短90日間の間にUSTRのHPに全文を掲載しなければならず、大きく報道もされて多数の国民が目にすることになります。同時に、独立性の高い国際貿易委員会の経済影響分析も受けることになる。そうして12か国でそろって署名した後、最大90日間の一括審議が米国議会で行われます。

 とすると、仮に9月下旬に大筋合意したとして、署名はもっとも早くて12月上旬。そこからすぐ米国で実施法案の審議が始まったとして、90日間審議すれば3月上旬の議決、発効となります。

 しかし、そう単純にはいかない事情があるのです。

 というのも、2月1日からは大統領選挙の予備選がスタートし、3月初旬には多くの州でスーパーチューズデーと言われる予備選挙が同時に行われ、淡々と議会審議を行う状況ではなくなるのです。
 今でさえ全米でTPPの反対の声が広がっているもとで、TPP協定のテキストが全文公表されれば世論は一層沸騰するでしょう。議会審議どころではありません。林大臣は「(開催に向けた)各国の努力の重要性を強調したものだ
」と答弁しましたが、むしろ既に漂流しかかっていると言っていい状況だと思います。


■日本政府の都合はどうか

 では、日本側の日程はどうか。政府の「念頭にあるのは来年7月の参議院選挙」(日本農業新聞8/20)と言われています。
 戦争法案をごり押しするために史上最長の会期延長を行った今年の通常国会は9月末まで。10月からは臨時国会が始まり、年内いっぱい行われます。ここでTPPの承認審議とその影響を緩和する国内対策予算(補正)の審議を行えば、来年6月までの通常国会でTPP審議を避けることができ、農村の批判を回避できるというのが「政府・与党の考え」(同)でした。

 しかし、ハワイで合意できなかったことにより、そういう思惑は崩れました。この8月末は来年度当初予算案の概算要求の締め切りですが、政府は来年度予算にTPP対策予算は盛り込めないと答弁。補正予算について政府は明言を避けましたが、国会の承認がないもとで対策費を盛り込むのは許されません。


■国会決議に従い、直ちにTPP撤退を

 コメだけじゃありません。牛肉は関税を現行の38.5%から段階的に9%まで引き下げる。豚肉は安い部位の関税を1㌔482円から50円まで引き下げ、高い部位は関税を4.3%からゼロにする。小麦はマークアップ※を半減する。まさに、日本に農業などいらないと言わんばかりの情報が次々と流れています。
 米国はこのほか、遺伝子組み換え食品の表示をなくせとか、防腐剤や防カビ剤などのポストハーベスト(収穫後)農薬も日本の基準が厳しすぎるから緩めよなどと、要求を突き付けています。

 アメリカは、食料を軍事、エネルギーと並ぶ国家存立にとって重要な柱として位置付けています。


 それに比べて日本ではどうか。

 「コンバインやトラクターが壊れたら、もうコメ作りはやめる」という声が現場では次々あがり、ただでさえ生産意欲が奪われている。今でさえ食料自給率は39%なのに、そこに、TPPの交渉で、日本には農業がいらないといわんばかりの情報が流れてくるわけです。

 農協法の審議(参考人)の中でも「食料を自分の国で作らなければ、必ず兵糧攻めに合います」という発言があったように、食料の確保は国の存亡にかかわる問題です。


 この間、米国の要求を丸呑みするような日本政府の動きは、日本の国益を守るどころか、一部の多国籍企業のもうけのために日本人の食料も、食の安全も、丸ごと売り渡すようなものです。TPP交渉からは直ちに撤退することこそが日本の国益を何よりも守る方法なんだと強く主張して、質問を締めくくりました。


※マークアップ=輸入差益。小麦には高い関税(252%)がかかっているが、別枠で政府が海外から国家貿易で買い付けをし、キロ45.2円の上乗せをして製粉業者に売り渡している。この上乗せ分をマークアップといい、事実上の関税の役割を果たしている。