2015年5月29日付の全国農業新聞に重大なリポートが掲載されました。茨城県古河市で、農事組合法人を装う業者が農地を取得し、そこに建設残土を捨てて放置しているというものです。

 実はこのリポートの取材が入る前日に、私も現地に行って聞き取りをいたしました。現場で告発している農業委員の秋庭繁・古河市議は「近隣でも同様の例は数多くある」と警鐘を鳴らしていました。記事でも秋庭さんの活動を紹介し、「早期発見が防ぐ鍵」「農委会の役割重く」との見出しを躍らせました。

 しかし、今国会で審議されている農業委員会法の改正案は、「農地の番人」としての農業委員の役割を弱体化するものであり、許すことはできません。政府は来週にも衆院通過を狙っているとみられ、予断を許さない状況が続いています。私は6月4日に開かれた衆議院農水委員会でこの点について林芳正農林水産大臣に質問しました。


■農地を守る番人

 農業委員会は、農業の発展と経営の合理化、農民の地位向上を目的とし、行政庁から独立した立場を与えられている行政委員会です。農民から選挙で選ばれる委員と、土地改良区などの団体から推薦された委員で構成され、農地の権利移動や転用に関する許認可業務をはじめ、認定農業者の育成や農地の適正利用、農業に関する意見の公表・建議など様々な業務を行っています。
 改正案は、農業委員を選ぶ選挙を廃止して市長村長による任命とし、数も半減させるという内容。「農地利用最適化推進委員」という実働部隊を新しく設けると言いますが、「農地の番人」としての役割の弱体化は避けられません。


■財界の意向によって決められた改正案

 その狙いはいったい何なのでしょうか。この改正を進めてきたのは2013年1月に設置された規制改革会議。議長は住友商事の岡素之相談役で、メンバーの多くを財界人が占めるなど農業関係者は全く参加していません。しかし、「選挙制度を廃止するとともに、議会推薦、団体推薦の選任制度も廃止」と明記するなど、この審議会で今回改正の大筋となる案が答申されました。
 規制改革会議の上位の諮問機関である産業競争力会議で安倍総理は、2014年5月19日の会合で林農水大臣に「農政転換のラストチャンスとの認識の下、以上の改革について官房長官と調整して実行していただきたい」と厳命しました。まさに安倍首相の「戦後レジュームからの転換」の一環だということであり、企業による農業に力を集中して成長戦略を推進するという方向です。


■農委は地域からの信頼が不可欠

 しかし、そもそも農業委員は、本来自由であるはずの農地という私有財産の使用・処分に介入する仕事であり、農家の理解と納得を得るためにも地域からの厚い信頼がなければ務まりません。だからこそ、農民が自らの意思で代表を選ぶ方法が採られてきました。私は5月28日に全国の農業委員会会長の方々と懇談しましたが、やはり口々に「誰がなるか分からなくなる」「地域から信頼されている人でないと」との声が上がりました。
 現在農業委員は75%公選制の枠組みで選ばれています。無投票が多いと言っても、それは市町村議会議員と同じ。自民・公明の議員さんも多くが無投票で選ばれています。だからと言って議員の権威が損なわれているかというとそうではありません。市町村議会で無投票が多くなったからと言って「選挙をやめよう」「市町村長が選べばいい」としたら地方政治は大変なことになります。
 この点についてただすと、林大臣は「議会と農業委員会は違う」と答弁しました。しかし、重大な権限を持っているからこそ選挙という民主的基盤によって支えるというのは民主主義の基礎のはずです。



農委の独立性が損なわれる危険性



 また農業委員会は市町村長から独立した行政委員会のはずで、市町村長により選任されるようになってしまえばその独立性も脅かされてしまいます。公選制をやめてしまった教育委員会では、問題も起こっています。橋下徹大阪市長が府知事時代に大学の友人を府立高校の校長に据え、その後教育長にしてしまいましたが、パワハラなどさまざまなトラブルを引き起こし大問題になりました。あの池上彰氏も教委は公選制に戻すべきだと主張されています。
 教委は公選制をやめたことで、独自に予算案を作る権限も奪われました。農業委員会は現在、時々の市町村財政に左右されずに必要な予算が保障されています。これは国からの交付金がきちんと行くからですが、この点について林大臣は交付金による予算措置を「堅持する」と明言しました。これは大変重要な答弁です。

 改正案では、「農業委員の過半数が認定農業者でなければならない」とするとともに「農委の事務に関し利害関係を有しない者が含まれるようにしなければならない」としています。政府は利害関係を有しない者の例として「弁護士、司法書士、行政書士、会社の役員など」としていますが、山間部では弁護士などがいない地域も数多くあります。会社役員が農業委員になった後、会社が農業生産法人に出資して利害関係を有した場合などには委員のなり手がいなくなるなど混乱も生じるでしょう。



■意見表明、建議も弱体化

 公選制の廃止以外にも問題はあります。農業委員会は農業・農民に関することについて意見を表明し、行政庁に建議することができるとの条文があったのですが、これを削除して「農地等の利用の最適化の推進に関する事項に関する事務をより効率的かつ効果的に実施するために必要があると認められるときは」「農地等利用最適化推進施策の改善について具体的な意見を提出」と、条件を細かくつけた条文に変えました。要は「農地の最適化」についてだけ意見を言わせてやる、農政全般に関してはあれこれ文句を言うなということのように読めます。

 参考人として国会に来ていただいた鳥取農業会議所会長の川上一郎氏は「農業・農村の問題というのは複雑に絡み合った要因から成り立っている」とし、「意見公表の内容をさらに充実するということと、これを重く受け止めていただけるような裏づけの整備をお願いしたい」と要望されました。政府は現場の方のこの意見をしっかりと重く受け止めるべきです。



■徹底審議で対抗

 冒頭に紹介した茨城県の事例は、産廃マフィアのような人物が「水耕栽培でトマトを作る」と農事組合法人を設立し、農地を取得して膨大な建設残土を持ち込みました。建設残土と言いますが、実際見てみるとコンクリートがらなどもごろごろ埋まっていて、産業廃棄物も混ざっているように見えました。
 この人物は秋庭農業委員からの告発を受けながらも、いまだに「トマトを作るんだ」と言い張っていると聞きます。今回の改正により、農業委員が住所も職業も国籍すら問われなくなれば、場合によってはこうした人物が農業委員に就いてしまうといった笑えない事態も発生しかねません。
 政府は、さっさと審議を終えて早期成立を狙う構えですが、多くの関係者が反対しているにもかかわらず、当事者に話も聞かずにスイスイ通すわけにはいきません。共産党を含む野党は徹底審議を求めて対抗していきたいと思います。