TPPに関するアメリカ議会の動きが注目されています。TPP交渉に大きく影響するアメリカのTPA法案の成立が難航しているからです。このまま行けば、日本にも大きな混乱をもたらしたTPPが動かずに漂流する可能性があります。19日の農水委員会で政府の見通しを聞きましたが、答弁は「動向を注視する」とするのみでした。

TPP交渉に不可欠なアメリカ国内のTPA法案

 アメリカでは歴史的経緯から条約の締結権は議会にあり、条約ごとに大統領に権限を与えるという形式をとっています。TPPに関してはその権限付与のための法案がTPATrade Promosion Authority)というわけで、この法案が成立しなければ、アメリカとの交渉は無駄になってしまいます。

 また、今回のTPA法案は合意後にもアメリカ議会が修正できるとする内容であるため、TPP各国は仮に通商代表との交渉で最終合意の段階に至っても、自国の最終カードを切れません。最終合意案をアメリカ議会が修正してきたら、再交渉しなければならなくなるからです。

難航するアメリカのTPA法案議決

 こうした事情で注目を集めるTPA法案ですが、その審議状況は大変混沌としてきています。上院ではメモリアルディ・戦没将兵追悼記念日で一時休会に入る今月22日までに本会議での最終投票ができるかどうかの攻防が続いているほか、民主党などが審議や投票を遅らせる動きを見せているとも言われ、難航が予想されています。さらに2014年に圧倒的多数でTPA法案を否決した下院ではもっと厳しいとされています。外務省も下院のスケジュールの見通しは立っていないと答弁しました。

 現在、グアムで25日までの日程で首席交渉官会合が開かれていますが、鶴岡首席交渉官は「法案が成立しなければ交渉をまとめる必須条件が整わない。その中で交渉進展は難しい」と述べたと報道されています。交渉官会合の後に開く閣僚会合も全く見通しが立っていません。

タイムリミットに間に合わない

 つまり、今月中に12か国の合意に達するという日米両政府が描いていたシナリオ通りには動いていないのです。これが何を意味するかというと、タイムリミットに間に合わなくなる可能性が出てきたということです。下院は731日から97日まで、上院は88日から97日まで長期夏季休会を予定しています。その後は2月から始まる大統領選挙の予備選に向けて議会が機能しなくなっていくからです。

 安倍首相はTPPの出口が見えたとしていますが、そうは思えません。TPA法案の内容自体も、さまざまな修正がなされています。上院の財務委員会では126本もの修正案が出され、そのうち3本が法案に盛り込まれました。たとえば、人身売買や強制労働で改善が見られない国との貿易交渉にはTPAを与えないというものが盛り込まれています。この修正を加えたメネンデス上院議員はマレーシアをTPPから除外することが目的だと語っていますから、TPP交渉を一層複雑なものにしていくでしょう。

 さらに、上院の本会議では新たに23本もの修正案が提出されています。下院も修正を図っていくでしょうから、両院の修正案をすり合わせるための両院協議会も必須となっていきます。この協議自体も難航するとみられますし、廃案の可能性が日増しに高まっているのが現状です。その上、仮に両院で可決されたとしても、大統領は修正に対する拒否権を発動するかどうかという難しい判断をする必要があるのです。


法案可決の困難さ

 もともとTPA法案は、過去にアメリカ大統領が求めてもなかなか取得できなかったという歴史があります。クリントン大統領の時も8年間の在任中6年間取得できず、ブッシュ大統領もTPAの取得に2年間費やし、期限が切れた後の延長を2回も拒否されています(日経515日付)。2014年版のTPA法案は下院定数435人のうち、民主党は8人しか賛成せず、共和党も賛成が100人以下でした。
米自治体の動向(しんぶん赤旗5月12日付)
 他方、アメリカ国内でも反対の世論が広がっています。民主党の支持基盤の労働組合は、TPPにより雇用が破壊されると反対運動を展開しています。同時にTPPにより失業 する労働者への手当や支援を行う「貿易調整支援法案(TAA法案)」や、貿易相手国が故意に自国通貨を下げることを禁じる為替条項をTPPに加えることを要求したため、その取扱いをめぐって上院でモメているわけです。加えて、TPPTPAに反対する世論はアメリカの自治体にも広がっており、多くの自治体でTPP除外地域宣言や反対声明が議決されています。来年選挙が予定されている下院では、こうした声に一層敏感にならざるを得ないでしょう。

 これらはみな、アメリカ国内の事情です。こんな状況下にある法案の成立をアテにして、交渉を進めることなどあってはなりません。

アメリカは情報公開をせざるを得ない

 TPA法案の正式名称は「2015年超党派議会貿易優先事項及び説明責任法案」(the Bipartisan Congressional Trade Priorities and Accountability Act of 2015となっています。このAccountability=説明責任は、2014年版の法案にはありませんでした。これは、TPP交渉の秘密主義に業を煮やしている議会に配慮し、推進派が情報公開の義務を導入したからです。

 全ての国会議員に加え、セキュリティクリアランスを得たスタッフも協定案テキストを閲覧できるとしたほか、通商協定署名60日前までにウェブサイトに公開しなければならないとしています。ウェブサイトに公開されたら、世界中のだれもが閲覧できるわけで、日本が公開するかどうかなど全く関係なくなります。

 委員会でも、アメリカと同様の公開をすべきだと主張しましたが、西村康稔内閣府副大臣は「引き続き検討する」と繰り返すのみでした。国会議員のテキストへのアクセスも認めず、その裏で重要5品目の大幅な関税削減や17万㌧に及ぶ米の別枠輸入を検討するなど、国会決議に真っ向から反しています。やはり、TPPからは撤退することこそ国益に沿うと考えます。