先日、妻の許可をもらって

奈良・大阪に一泊で旅行に行ってきました。




初日は、奈良を中心に回り


翌日の二日目は

『石切剣箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)


に行きました。




  

今回のテーマは、摂津国一宮『住吉大社』です!!


その後、今回の旅行の主目的である

『住吉大社(すみよしたいしゃ)に行きました。


今回は、この「住吉大社」に

ついて書きたいと思います。


・『住吉大社では『うさぎ』が神使いとされています』
『サキ』『クシ』などは、女性祭祀者の比喩と考えています)


じつは住吉大社は、今までで

いちばん調べたと思います。




 



『住吉大社(すみよしたいしゃ)

(大阪府大阪市住吉区住吉2丁目9-89)

祭神 「底筒男命(そこつつおのこのみこと)

   「中筒男命(なかつつおのこのみこと)

   「表筒男命(うわつつおのこのみこと)

    「神功皇后(じんぐうこうごう)




摂津国一宮、延喜式神名帳に記載される名神大社です。
全国の住吉神社の総本社で、航海守護の神を祀り
『津守氏(つもりうじ)』代々の宮司を務めています。



  

私の先祖は、住吉の神『中筒之男命』を祀っていました


というのも、私の先祖は江戸時代に

群馬県高崎市(多野郡)吉井町川内に

暮らし、名主を務めていたのですが


館脇にかつて

『大杉神社(おおすぎじんじゃ)があり

「住吉の神」とされる

『中筒之男命』だけ単独奉斎していました。





住吉の神は『ツツノオ三神』とも呼ばれ


この三神とは

「底筒男命中筒男命・表筒男命」となります。


住吉信仰とは、通常は

この三神を一緒に祀るのが、よくみられる形式で





私の先祖のように、「中筒之男命」のみ

単独で祀るのは非常にめずらしいと思います。


…ようするに

先祖が「中筒之男命」を単独で

奉斎したことに、どのような意味があるのか?

ということなのですが…



結論は、いま書いているまとめの文章に

盛り込むつもりですが、最期の確認のために

じっさいに住吉大社をおとずれてみました。



『五所御前(ごしょごぜん)』(第一本宮南側にあります)

 「住吉大神」鎮座の際に、はじめに祀られた場所とされる



  

住吉大社の最大の特徴は、その『社殿の並び』にあり!!


ところで、住吉大社は航海守護を司る
海洋神ですが、その最大の特徴は
その社殿の並びにあります。




神功皇后を祀る第四本宮を横に
ツツノオ三神を祀る、一列の社殿の並びは
「船団」に例えられます。

国家鎮守、遣唐使の守護神とされた
住吉大社の面目躍如といったところですが

(かつては社の目前にまで海がせまっていました)


個人的には、一列の社殿の並びは
船団ではなく、『蛇』だと考えています。


雨の中、結婚式が行われていて

式そのものは、「底筒男之命」を祀る

第一本宮で行われていました。



一列の社殿の並びの中で

もっとも重要視されるのは

一番奥に位置する、いわば「奥宮」


底筒男之命を祀る「第一本宮」なのですね。





住吉大社は、かなり調べたので
境内の中は地図を見ずとも、けっこう回れました。



  

やっぱり存在する『水』『女神』の関係


そして気になったのは

境内を出て、少し歩いたところにある

境外末社「浅澤神社(あさざわじんじゃ)です。


 


住吉大社境外末社『浅澤神社(あさざわじんじゃ)

  祭神 「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」





現地の案内板によると、現在の「浅澤社」のある

場所から南にかけて、かつて水の湧く
大きな地沼(ちしょう)があり

浅沢と呼ばれる、杜若(カキツバタ)の群生地で

奈良の猿沢(さるさわ)、京都の大沢(おおさわ)

と並ぶ、近畿の名勝だったそうです。



そして、住吉の浅沢のカキツバタの
咲き乱れるさまはとくに美しく
多くの歌人に愛されたそうです。




個人的には、やはり著名な社には
「水」の湧く湧水地があり
「女神」が祀られているのだな、という印象です。


同様の例として
東京都江東区富岡にある
都内最大の八幡神社
『富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)

同じく、住吉大社の祭神
「神功皇后」を奉斎しているのですが…


 


・『富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)』

 (東京都江東区富岡1-20-3)



主祭神 「応神天皇(八幡神)」
相殿神 「神功皇后」「仁徳天皇(にんてくてんのう)」
    「天照皇大神(てんしょうこうだいじん)」
    「常磐社神(ときわしゃのかみ)」
    「武内宿祢命(たけのうちのすくねのみこと)」
    「日本武尊(やまとたけるのみこと)」
    「天児屋根命(あめのこやねのみこと)」
    「竈大神(かまどのおおかみ)」



この富岡八幡宮の創建以前より

この地に祀られ、八幡さまの地主神と

呼ばれていたのが、七渡弁天さまと尊ばれた


『七渡神社(ななわたりじんじゃ)です。

 


『七渡神社(ななわたりじんじゃ)』
祭神 「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」


地元では七渡弁天と呼ばれ、弁天池には白蛇が住むと
いわれています。粟島神社(あわしまじんじゃ)
合祀され少彦名命(すくなひこなのみこと)』
祀られています。


やはり『水』と『女神』の関係がみてとれますね。

 そしてじつは最近、石神でもある
『少彦名神(スクナヒコナ)が気になります。


  

荒川区にも祀られる、石神『少彦名神(スクナヒコナ)』


地元の荒川区南千住の
『石濱神社(いしはまじんじゃ)
境内社『淡島水神社』があり
少彦名神が祀られています。

後述しますが、じつは住吉大社の脇腹とも
いえる場所にも、少彦名神が鎮まっています。



さて、本題の住吉大社にもどります。





  

住吉大社の宮司『津守氏』の祖神とは??


住吉大社の代々の宮司は

『津守氏(つもりうじ)』ですが

『古事記』『日本書紀』などに
住吉の神を奉斎する氏族は、具体的に
記載されておらず

じつは、津守氏の本来の祖神は

住吉大社の境内・北側にある
境内摂社『大海神社(たいかいじんじゃ)
ではないかとの説があります。

 


・『大海神社(たいかいじんじゃ)
 (大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89)
祭神 「豊玉彦命(とよたまひこのみこと)」
   「豊玉姫命(とよたまひめのみこと)」


延喜式神名帳に記載のある式内(小)社。

ひっそりとした雰囲気で、付近に

「志賀神社(しがじんじゃ)」が鎮座します。



つまり、津守氏の祖先神は
この大海神社・祭神の二柱であり
職務として住吉大社の宮司を務め
住吉の神を祀っているにすぎない…
という考えですね。

なかなか刺激的な説ですが
じっさいに現地を訪れてみると
そのような説があるのも頷けました。




大海神社の入口である鳥居は
大社の境外にあり、参拝するには
一度、表通りに出てからでないと
行きにくい構造になっています。

まるで、独立した神社の様相です。


入口がけっこうわかりにくいです


そして、大海神社の前の道から
はるか北方向に、別の神社の鳥居が見えました。




気になって行ってみると…
『生根神社(いくねじんじゃ)がありました。



この神社は、じっさいに訪れてはじめて知りました。

  

すぐ隣にある『少彦名神』を祀る『生根神社』


 


・『生根神社(いくねじんじゃ)

 (大阪府大阪市住吉区住吉2-3-15)
 祭神 「少彦名命(すくなひこなのみこと)」



・「境内 由緒書より引用」
御創立は不詳なるも延喜式の神明帳(十世紀前半)において
当時の式内官 弊大社に列し古来有名大社であった。

古伝によれば少彦名命は造酒 の祖神であり
神功皇后も当社で酒を造り住吉三神に献ぜられたとある。
 又別名「奥の天神」は住吉大社の奥の天満宮を称した
とも云われ、一説に は沖の天津神(少彦名命)から出た
名称とも云われている。 

 境内旧跡「帆柱観音堂跡」神功皇后御乗船の帆柱で
刻まれた仏像を帆柱観音と称し、 その尊像を祭祀していた
御堂の礎石が境内に残されている。 







その昔、かなりの社であったことがわかります。
一般的にスクナヒコナは、医薬の神とされて
いますが、ここでは『造酒の神』として
いるところが面白いですね。


  

津守氏『大海神社』『生根神社』は南北のライン上にある


そして、この生根神社・大海神社は
南北の一列のラインの上にあり
さらに、このラインの先に
『種貸社(たねかししゃ)があります。




つまり…
 

『生根神社』一『大海神社』一『種貸社』


この順に一列に並んでいるのですね。


  

豊穣司る、一寸法師にゆかりのある『種貸社(多米神社)』


「種貸社」は、延喜式神名帳には
『多米神社(ためじんじゃ)』名で記載されていて
「一寸法師(いっすんぼうし)」にゆかりがあります。





「種貸社(多米神社)」は
もともと別の場所(大阪市住吉区長居2-8-1)
に鎮座していて、ここから住吉大社境内に
遷座してきました。跡地には現在、祠が建っています。
遷座の理由は不明です。




境内に鎮座する土偶のような像は

『種貸人形(たねかしにんぎょう)といいます。

稲種を授かり、豊穣を祈願する信仰が
転じて、子授けを願う信仰へ変化したと
いわれています。個人的には逆だと想像していますが…

ぶじに子を授かったならば
小さな「種貸人形」を購入して
奉納するのが習いのようです。




  

住吉大社に存在する、宮司の管理する重大な『ライン』


じつはさきほど示したライン…

『生根神社』一『大海神社』一『種貸社』

この先には、『中筒之男命』を祀る
「第二本宮」があります。


つまり…

『生根神社』一『大海神社』一『種貸社』一『第二本宮』

というラインが隠されています。

そして、住吉大社には、このラインに加えて
もう一つのラインがあると、考えているのですが


この「二つ」のラインの管理を
津守氏が担っているのだと、思っています。





この重大な二つのラインについて
いま書いている、まとめの文章に盛り込む
つもりです。


一泊二日ですが、とても楽しい旅行でした。
この後、銭湯に行って、帰りました。
旅行を許してくれた妻、ありがとうございます。





続きます。