前回からの続きです。




古代の荒川と利根川は、埼玉県の
越谷付近で合流して、巨大な暴れ川と
なって、東京湾に注いでいました。





川」の流れを「蛇」の蛇行と見立てた場合



『蛇行する蛇』 「wikipedia」


現在の隅田川は、この古代の暴れ川の
下流部…ちょうど蛇の尾の部分にあたります。




荒川の源流には、鉄が豊富な
秩父(ちちぶ)鉱山があり

水流による、削岩と運搬作用を
経た、膨大な量の砂鉄が

流れのゆるやかになる下流域
現在の隅田川沿岸に大量に
堆積したと、考えられます。


・三河島八景『荒木田落雁』「三河島郷土史」 より



古代の荒川(隅田川)流域は
沿岸の湿地帯に、砂鉄の赤錆(あかさび)
広がる、血沼の色をしたの河の様相を
呈していたと、想像しています。





製鉄を生業とする集団にとって

これは最高の環境だったと思います。





ところで、荒川流域には
『氷川神社(ひかわじんじゃ)
とても多く、鎮座していますが



・武蔵一宮『氷川神社』 … 全国氷川神社の本社
 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407)



戸矢学氏は、著書
『アラハバキ・まつろわぬ神』の中で

「海人族の鍛冶職が河川伝いに散在すると
 するならば、それは火川であろう。
 夕暮れが迫れば、川沿いに鍛冶の火明かり
 があちこちに望めたことだろう。それは
 さながら八つの首をもたげた大蛇のようで
 あったかもしれない。」


と記しています。





氷川神社の「氷川」は、
本来、「火川」であり

かつての荒川と利根川が
中途で合流した大河こそが
「八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)

であると、述べられています





『アラハバキ  まつろわぬ神 古代東国王権は消されたか』
 ( 戸矢学 著 河出書房新社 )





このような戸矢氏の知見を念頭に…

今回は、東京の荒川区一帯の古代史に
ついて、ながめてみたいと思います。
おもしろい事が見えてきます!




何といってもおもしろいのは

古代の荒川・利根川が合流した大河
(アラトネ川とでもいうのか)の下流域…

つまりは、現在の隅田川
オロチの『尾』と見立てた場所に
オロチを退治した、スサノオを祀る

荒川区最大の氏子域を誇る
『素戔雄神社(すさのおじんじゃ)
 
 が鎮座しています。




『素戔雄神社(すさのおじんじゃ)』
 (東京都荒川区南千住6-60-1)

 祭神 素盞雄大神(すさのおおおかみ)- 元は牛頭天王
    飛鳥大神(あすかのおおかみ)- 元は飛鳥権現




3年に一度行われる大祭、「天王祭(てんのうさい)」は
夏に流行する疫病を祓う祭りであり、二天棒で左右に
振りながら担ぐ神輿振りは、圧巻です。





ヤマタノオロチ神話で
スサノオが、オロチを退治した際に
その尾から取り出したのが
『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)


 ❊(画像はイメージです)


後には、「草薙剣(くさなぎけん)
呼ばれるようになり、皇位の証である
三種の神器の一つとなりました。

三種の神器の一つは
巨大な蛇から、生まれたのですね。




素戔雄神社の由緒によると、同社は
修験道の開祖 役小角(えんのおづぬ)の弟子
黒珍(こくちん)が、当地にある奇岩を
霊場と定めて、日夜祈っていると

平安時代にあたる、795年4月8日の夜
この奇岩上に、二柱の神

素盞雄大神と飛鳥大神が降臨した
と伝えられ、この神々を祀ったのが
起源とされています。




神仏混交…仏教が二柱の神を習合した
(取り込んだ)影響が見られますね。


素戔雄神社は、一つの社殿に

二つの拝殿を有し

 


西向きに、素戔雄大神

南向きに、飛鳥神大神  を祀る



ちょっと、めずらしい神社なのですが…





江戸時代、同社が鎮座する一帯を

飛鳥の杜(あすかのもり)と呼んだように


かつては、社名を

・「飛鳥社 小塚原 天王宮」

 (あすかのやしろ  こつかはら  てんのうぐう)


といいました。


現在の社名は、「スサノオ」ですが

じつは、もう一柱の祭神…「アスカ」を

重要視する気配も感じられます。

「飛鳥・素戔雄  社」と称しても違和感はないでしょう!



・『江戸名所図会』より


では、この「アスカ神」は

どのような神さまかというと…


神社ホームページでは

『事代主(ことしろぬし)

のことと、されています。



事代主は、七福神の一柱である

漁業と商売繁盛の神

「恵比寿(エビス)様と

同一視されることが多く



エビス様は、釣り竿と鯛(タイ)を持ち

外海から漂着する福の神という

海とのつながりが、とても深い神さまです。





同時に、日本建国の父・母とされる

イザナギ・イザナミの最初の子どもで


不具の子として、葦舟に乗せて

海に流される「蛭子(ヒルコ)という

神と同一視する説も、存在します。


・『雛流し(ひなながし)』



「エビス(恵比寿)「ヒルコ(蛭子)

どちらも、海と関わるという点で共通し


「蛭子」は、「エビス」とも読み

漢字の読みの重なりもあります。



この「ヒルコ」は、吸血する軟体生物

「蛭(ヒル)」の字が当てられていますが



作家・宗教研究家である

藤巻一保氏の著書によると



・『古事記外伝 正史から消された神話群』
 ( 株式会社 学研パブリッシング 藤巻一保 著 )



江戸後期の博覧強記の作家に

滝沢馬琴(たきざわばきん)がいて

彼は『玄同放言(げんどうほうげん)

という随筆集のなかで


「按ずるに、蛭児(ひるこ)は日子(ひるこ)なり」


という、魅力的な説を出した

と記されます。





ヒルコを日子と見たのは

太陽の女神アマテラスの別名が

「日孁・日女(ヒルメ)」であり


ヒルコ・ヒルメのコとメは

ヒコ(彦)・ヒメ(姫)のコとメで


コが男性、メが女性を表していて




「ヒルコ」とは、すなわち

男性の太陽神と指摘しています。



海洋民にとって、水平線の彼方から

出現し、そして沈む太陽は、特別な存在です。





奈良県にある三輪山は、鉄資源豊富な山で

あると同時に、太陽信仰の山でもありました。


三輪山の麓一帯は、初期の大和王権と

強く結びついた場所と考えられていますが





三輪山を奉斎した三輪氏は

龍蛇信仰をもつ、海人族を出自に

もつとも、いわれてます。



荒川区の素戔雄神社のそばには

「三ノ輪(ミノワ)という地名があります。





都電荒川線の終着駅にある
三ノ輪商店街は、「味覚の穴場」として
世界の10都市の一つに選ばれました。
昭和レトロが満喫できる場所です。

もし近くに来られることがあれば
お立ち寄り下さい!



続きます。