前回からの続きです。
これは最高の環境だったと思います。


素戔雄神社は、一つの社殿に
二つの拝殿を有し
西向きに、素戔雄大神
南向きに、飛鳥神大神 を祀る
ちょっと、めずらしい神社なのですが…

江戸時代、同社が鎮座する一帯を
飛鳥の杜(あすかのもり)と呼んだように
かつては、社名を
・「飛鳥社 小塚原 天王宮」
(あすかのやしろ こつかはら てんのうぐう)
といいました。
現在の社名は、「スサノオ」ですが
じつは、もう一柱の祭神…「アスカ」を
重要視する気配も感じられます。
「飛鳥・素戔雄 社」と称しても違和感はないでしょう!

では、この「アスカ神」は
どのような神さまかというと…
神社ホームページでは
『事代主(ことしろぬし)』
のことと、されています。
事代主は、七福神の一柱である
漁業と商売繁盛の神
「恵比寿(エビス)」様と
同一視されることが多く
エビス様は、釣り竿と鯛(タイ)を持ち
外海から漂着する福の神という
海とのつながりが、とても深い神さまです。
同時に、日本建国の父・母とされる
イザナギ・イザナミの最初の子どもで
不具の子として、葦舟に乗せて
海に流される「蛭子(ヒルコ)」という
神と同一視する説も、存在します。

「エビス(恵比寿)」と「ヒルコ(蛭子)」…
どちらも、海と関わるという点で共通し
「蛭子」は、「エビス」とも読み
漢字の読みの重なりもあります。
この「ヒルコ」は、吸血する軟体生物
「蛭(ヒル)」の字が当てられていますが
作家・宗教研究家である
藤巻一保氏の著書によると

江戸後期の博覧強記の作家に
滝沢馬琴(たきざわばきん)がいて
彼は『玄同放言(げんどうほうげん)』
という随筆集のなかで
「按ずるに、蛭児(ひるこ)は日子(ひるこ)なり」
という、魅力的な説を出した
と記されます。

ヒルコを日子と見たのは
太陽の女神アマテラスの別名が
「日孁・日女(ヒルメ)」であり
ヒルコ・ヒルメのコとメは
ヒコ(彦)・ヒメ(姫)のコとメで
コが男性、メが女性を表していて
「ヒルコ」とは、すなわち
男性の太陽神と指摘しています。
海洋民にとって、水平線の彼方から
出現し、そして沈む太陽は、特別な存在です。

奈良県にある三輪山は、鉄資源豊富な山で
あると同時に、太陽信仰の山でもありました。
三輪山の麓一帯は、初期の大和王権と
強く結びついた場所と考えられていますが
三輪山を奉斎した三輪氏は
龍蛇信仰をもつ、海人族を出自に
もつとも、いわれてます。
荒川区の素戔雄神社のそばには
「三ノ輪(ミノワ)」という地名があります。
続きます。














