前回からの続きです。




前回は、『豊島(としま)という

地名について、書きました。





古代の行政区画における

 


・「武蔵国(むさしのくに)

・「摂津国(せっつのくに)



には、ともに「豊島」郡が存在し


後者の摂津国では

『手島(てしま)という

表記も用いられていました。





ところで『手(て)といえば、

ここ最近、荒川区の神社について

ずっと書いてきたのですが…





昭和11年出版の『荒川区史』によると

南千住の『石濱神社(いしはまじんじゃ)

の境内には、天の岩戸神話で活躍する


『天力男神(あめのぢからおのかみ)

 の石像があったことが、わかります。





『天手力男神』といえば

スサノオの横暴に怒り

太陽神 アマテラスが、岩戸に隠れ

世界が闇に包まれる中



岩戸を開き、アマテラスを外に引き出し

世界に光を取り戻す、きっかけをつくる

剛腕の神として、知られています。



 ❊このイラストは生成AIで作成した個人的なイメージです



彼の「剛腕」という神格と

名前にある「手」の文字…

じっさい、この組み合わせに

違和感はありませんが



個人的には、「剛腕」よりも

「手」の文字の方が

とても気になりました。





神名は、一見単純な字の中にも

その神がもつ本質や出自が秘められて

いることが、よくあり


タヂカラヲ神を調べていくうちに

彼の神名の『手』には、それこそ

『手』以上の意味があるのではないか?


そんな思いが、うかんできました。





…なんだか、謎めいてきましたが

現実に、天手力男神には

記紀以外の、古い系譜との関係を

示す資料も残されています。


現在、石濱神社境内に

天手力男像は見当たりませんが


境内にかつて存在した

石像の存在を手がかりに

この謎めいた神の正体を

探ってみたいと思います。





余談ですが、石濱神社の拝殿の背後には
境内社『麁香神社(あらかじんじゃ)があり


 


置帆負命おきほおいのみこと)
「彦狭知命(ひこさしりのみこと)



を奉斎し(祭神の「手」と「彦」の文字から)
彦明神ひこみょうじん)
 とも、称していました。


社そのものは、安永8年8月8日
1779年の創建と比較的新しいのですが

工匠を司る神で、匠(たくみ)…

職人が創祀した社という

ところが、ポイントです。



『江戸名所図会 石濱神明宮』 「荒川区史」より



また、宮司さんに伺ったところ

この麁香神社の鎮座する場所には

同じく石濱神社・境内社

『粟島水神社(あわしまみずじんじゃ)

の祠が、鎮座しているそうです。



ちなみに、「天手力男神」については

以前にも、記事を書いています。




新たな知見をもとに

次回以降、神』の実態に

ついて、せまりたいと思います。



続きます。