http://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=redbullpower011&articleId=11427188355&frm_src=article_articleList&guid=ON
久々に見て笑った
ストレス解消に生きるための妥協点について落書き
人は何を目指すべきか
哲学的なアレでも壮大な内容でも厨二発言でもないけど
はい
で
実際 特に自分の周囲を見渡しても「全知全能」を目指す、あるいはそのベクトルのk倍(k≠0)を目指すと
妥協点ってのは諦めるポイントというより、真面目に生きるならクオリティ・オブ・ライフの延長だと思ってる
例えば(例え話は分かりづらいと評判 死ね雑魚共)
創部1年目の野球部は何を目指すべきか
甲子園優勝、これは未来の目標かもしれないが現段階の目標ではない
1年目というのは圧倒的に経験、練習やメンタル面において不足
というのは選手だけでなく教える側も当然そうなる
強豪がいる県なら地区大会でも一苦労
しかし ここで「妥協点」を見出だす
目標を「県大会出場」に絞るとどうだろう
これを見て怒る人もいるかもしれないが一応
「県大会に出場」のレベルなら「甲子園に出場」のレベルより遥かにハードルは低い
「県大会に出場して、強豪の真似を出来るようになろう」
という妥協点を見出だしたとする
それは例えば練習メニューであったり、トレーニング、生活リズムについてもそうだ
有名な言葉に「学ぶことは真似ることなり」というものがある
人間80億人、生まれた時に10000年前に放り出されて言葉を確立できるのはせいぜい2~3人だろう(知らないけど)
今日まで存在する理論や一般論、つまり「一応今の時点で最も正しいとされていること」は淘汰されずに生き残ってるわけだ
かつての天動説然り 生きていく上で不都合の無い状況が最適とされている時点で妥協点ってのは証明されているわけだけどね
真似るということは正しい方向に進むということに違いがない訳だ
話を進めよう
で、県大会で「強豪」とマッチングしたとする
すべきことは?
答えは 根回し である
八百長じゃない、人間関係の根回しだ
ここで言えばトレーニングの方法など、先ほど述べたような内容を強豪校から教えて貰う
交流を図り、練習試合や大きな意味で学校間の繋がりを深める など
「無能」にもできることは無数にある
そのようにして長いスパンで考える
10年後に甲子園出場を目指す のように
ここでの「妥協点」はつまり「完璧を目指さなくても良い最低ライン」
受験で言うなら定員75名で75番目
合格発表当日から追加合格の知らせを待つ連中である
結局「全知全能」を目指すには
少なくとも自分から見たら
時間が足りない
足りなさすぎる
じゃあどうする?
寿命を80年として20%は終わった
身体的なベストコンディションはあと10年でピークを迎え、それ以降は衰えるのみだ
ここで自分なりに考えた「妥協点」
全知無能の存在を目指すこと
自分が 文字を開発するような時代の先駆者になる必要はない
次世代へバトンを繋ぐ知識人であればいい
厳密に言うと全知を目指していればある程度の能力はついてくるが、目指すべき点を見誤らないようにすることで 結果的に「良い人生だった」と言えるのではないか
妥協の意味はそこにあると思う
怠ける為ではなく物事を客観視、冷静に見る事にも繋がる「妥協」を続けるべきだと思う
行き詰まっているから文脈が乱れすぎてるのは許してねテヘペロ
冒頭のEくんだけどさ、もう水増しは止めた方が良いと思うんだ
見てて面白いけど滑稽すぎるよ
最後に
今日、寝ている私を起こしちゃった誰かさん
今思い返せば他意は無かったんだろうけど暴言吐いてごめん
さすがに「死ねやゴミクズ 下衆が触るなよ」ってのは酷いと思う 反省
ここ3年は言いたいこと隠してたけどイライラしてたからつい////
勉強な
はい
