お久しぶりです。

約2年ぶりになりますね。

前回までは自分の気持ちの整理のために書いていたところが大きかったのですが、今回はここまでの治療を体験してみて伝えたいことを書いてみようと思います。


第一子の出産から2年半

抗がん剤治療+全摘手術から2年

その後1年間のリムパーザ服薬から1年

仕事復帰から1年弱


今はそれくらいの時間が経過しました。

当時の私が知りたかった未来が今の私だと思うので、今知りたいと願っている渦中の人に向けてQ&A形式で書きます。



Q1 再発は?

現時点ではなし。定期フォロー中。


Q2 卵巣がんは?

まだ大丈夫。同じく定期フォロー中。予防としていつ卵巣を切除するかは悩み中。卵巣がんが増え始める35歳までにはと考えてはいる。


Q3 妊よう性は?

妊よう性保存を選択しなかったが、幸運なことに第二子を授かり、現在妊娠5ヶ月目。生まれるまでははっきりしないが、現時点では特に異常が指摘されることもなし。通常の妊婦と同じ扱いで問題なしとのこと。


Q4 リムパーザについて

服用期間は1年間。保険適応になったおかげで使用できたが、それでも毎月上限まで支払うので痛いは痛い。副作用は貧血が強く出たため用量を徐々に減らし、最終的には初期の半分の量で飲み切った。他に吐き気やだるさがあったが、抗がん剤程ではなく生活に大きく支障が出ることはなし。


Q5 生理、排卵について

抗がん剤開始後から生理がストップし、リムパーザ服用中もストップしたまま。服用終了後1ヶ月程で生理再開し、不順になることもなく安定した周期で復活。エコー上、卵巣も合わせて変化しており排卵もしていそうと言われていた。リムパーザ終了から半年後に妊活を始め、自分たちでタイミングをはかり2ヶ月で妊娠成立。


Q6 メンタルについて

治療中は比較的安定していたが、むしろ治療終了後にガタガタに崩れた。治療終了+育休終了して仕事復帰でしんどいところにフォローのCTでリンパ節腫大を指摘されて不安爆発。治療中は見守られてる安心感と穴から這い上がるぞ、という気合いで安定していたが、治療後はまたいつ穴に落ちるか分からない恐怖がまとわりつく。自分が闘病中に父が肺がんで亡くなっているのも拍車がかかっている。支援センターで話を聞いてもらったり、妹に吐き出したりして少しずつ安定。仕事面は意を決して上司に相談したが伝え方が悪かったらしく、むしろメンタルに大打撃を受けた。伝え方って難しい……。


Q7 術後の傷って?

思ってたより全然綺麗。線があるだけでえぐれたり引きつったりはしていない。両乳房切除なのでバランスに悩むこともなく、ユニクロのブラトップで保護するだけでも自然な膨らみもあり気にならない。切除前はそこそこ胸が大きく可愛い下着を着けるのが大好きだったが、胸がないのはないで軽いし蒸れるとか将来垂れるとかの悩みがなくなり楽。今のところ再建はする予定はしていない。子供達が大きくなってきたら考える。



他にも質問があれば答えるかもしれません。

飽き性かつ日常生活が優先なので難しいかもしれませんが、その時はすみません。