こんにちは  うさぎの穴 さいとうです

 

 

ブログ

書きたいことを 我慢しつつ 時々 少しだけ書いて

の連続をしていると

ついには 縮こまって書けなくなるんですね

 

厄介だ・・・

 

書きたいこと

それは 神とかオーラとかには 直接的には関係のないことなのですが

間接的に とっても仏教、 仏の教え、つまり人としての倫理に関係する事なのです

 

 

自身の経験を題材にして 自身の体験を元に書き記して

それを 今後 誰かが参考にしてくれたら そう思います

 

父子家庭で育った私には 共に過ごした弟、 吉谷家の長男が居ます

長女の姉と一番下の次男の弟は 母の実家で暮らしていました

 

父はとても暴力的でした

その暴力は 自分が機嫌が悪くなる原因を 私と弟のせいにあると決めつけていたのです

 

機嫌が悪くなる原因

それは 確かに 私たち2人のせいもあったのは事実でしょう

実際に 私が 親となって 仕事の帰宅後に 散らかった家を目の当たりにするとふつふつと怒りが込み上げますから、

3人の娘息子には クソボッコに怒りっぱなしだったことを思いだします

そして 当時を振り返ると「 自分自身の キャパの狭さ 」に納得します

だって 今だったら 怒らないですもん。

 

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それでは 当時の父は どうだったのでしょうか

一年365日 366発以上は 素手で殴られるか 木刀、ベルト そばにあるもので無言で攻撃してくる

父は 何をして欲しかったのか 今でも分からないです

 

 

「もしかしてもっと気を遣って欲しかったのか?」

このアンサーは とってもポピュラーな回答です

そして 決して妥当な答えではないです

 

何をするにしても

たとえ気を遣うにしても 父が気を遣って欲しい事柄なんて 私や弟には分かることなど有り得ませんから

 

こう書いて ふと思い出した事があります

 

レストランで働いていた頃

コース料理を順番にサービスしていた時 「 もっと気を遣ってくれ 」

と お客様に 怒鳴られました

 

私は 分かりませんでした

何が不備だのか 失敗したのか 微塵も分からなかったのです

そして 数日後 そのお客様の会社の方から 詫びの連絡があったのを覚えています

「 接待の席で 盛り上げることができなくて その苛立ちを ぶつけてしまった 」

それを 伺い 納得しました

当時の そのお席は 完全に個室だったため スタッフのサービスは難しかったのです

 

また 父の話に戻ります

父は なぜあんなに暴力を定期的に繰り返していたのか

*父子家庭で ストレスが多く自身をコントロールできなかった

*DVだった

この二つです

 

児童保護施設の方がよく家に来ていました

子供を施設に入れるよう 親を説得に来ていたのです

もう40年以上の前の話で 当時の日本にはDVというワードは存在していなかったのですが

児童保護施設の方は 問題(子への虐待)は決して解決されない と分かっていたから何度も家に説得に来ていたのだと思います

40年以上前から分かっていた DVは解決しない という事実です

 

DV ドメスティックバイオレンス

近親者による言葉や態度での虐待です

 

私と長男は 完全なDVな父親によって育てられました

かといって 私や長男は 自分の憂さ晴らしのために、または気を遣ってくれないという自分自身の単純は我儘のために 大切な我が子を、またはパートナーを言葉や態度で虐待はしません

 

「虐待された子はいずれ虐待する親になる」

 

そんなワードがありますが

虐待されてない子でも 虐待する親にはなります

 

 

自分の思い通りにならないからといって 暴言や暴力または破壊行為を行う

そして その一連の暴言や暴力、破壊行為の原因を 「お前のせいだ」と言う

完全なる 責任転嫁

自分の器が(キャパ)フルになってしまい、フルになってしまったことへのストレスの捌け口を

暴力的行為に転換するなんて なんて愚かなんでしょうか

 

自分の器が(キャパ)フルになってストレスが溜まったら どうしますか

私は 音楽を聴きます こうしてブログを書いたりもしますし

携帯のニュースを閲覧したり 一番のお薬は植物に触れる事 です

 

自分の器の(キャパ)ストレスを 誰かのせいにするなんて 愚かすぎてできません

 

 

父は 何を考えていたのでしょうか

共に家族として過ごした小学校6年間の間

毎夜 毎日 手を挙げ 血を滲ませ アザだらけとなる 2人の子を どんな気持ちでいたのでしょうか

普通の神経では 多分難しい事です

普通の神経では 一つ屋根の下で 仲良く過ごすなんて とても難しい事です

もしも、 その後 中学校時代、高校時代 社会人〜 となるにつれて 暴力的な事は体格差も均等になってくるから減少はしていたかもしれませんが、私と弟は 健常な精神性で大人になれていたのか?

 

幼少期の経験は 大人になるときの大事な礎でありますが

父から あれだけ 責任転換され続けた経験をされ続けても

私も 弟も 辛い事があった時 一度たりとも 「 お前のせいだ 」 など発言した事は無い

 

 

 

 

お前のせいで 失敗した!

お前のせいで 私は不幸だ!

 

本当に お前のせいなのでしょうか

 

 

私も 弟も  「父のせい」 など言ったことは無い

そんな倫理的なこと あの当時の私たち 小学校の私たちでも 分かっていたことです

 

これが 分からない頭脳では 仏の教え がとことん必要なのです。