外から見上げると

窓際まで沢山のお客さんがいて

オレンジ色の明かりに照らされて

忙しそうに

でも、楽しそうに働いているあなたが見える



あなたが想像できないなら

私が絵を描いてあげる

ほら、こんな感じだよ



お店の名前は

Petit debút

フランス語で

ちいさなはじまり




沢山の想いが詰まったこの場所で

みんなの幸せな人生の小さなはじまりが生まれるといいね


僕らが作りたいものは

あなたが笑顔になれるもの


みんながいつでも

ただいまって帰ってこれる

そんな居場所を作ろう


大丈夫

まだ何にも決まってないけど

そうだ

私、絵を描くよ

うん、ここに描くよ

襖にかいちゃう



みんなこっちだよ

これを旗にしよう

せっかくの人生だから

踊るように楽しく行こう



不器用なあなたが

気持ちだけではじめたお店

みんなの力を借りて

助けてもらった

誕生日にひとりぼっちの店内で

手を傷だらけにしながら

のこぎりで何か作ってた


その一生懸命な姿を見て泣きそうになるのを堪えて

笑顔でただいま!遅くなってごめんね手伝うよ!とバイト帰りにオープン準備をした



そのあと次から次へとお客さんが

栄養ドリンクやらお土産をもってやってきて

手伝ってくれた





あれから



もう10年も経ったんだ


プティ・デビュー最後の日

お店はお客さんでどんどんいっぱいになった


お店の下から娘がパパを呼んだけど

気付かなかった

でも

あの時描いた光景がまさにそのまま

目の前に広がっていた



お客さんがこっそり隠れて待っていて



私と娘に

花束をプレゼントしてくれた


彼のお店だけど

真実ちゃんがどれだけ支えてくれていたか

ちゃんとわかっているよ

楽しませてくれてありがとう

おつかれさまって


胸がいっぱいで

言葉がでなかった




この場所で

数えきれないほど沢山の人達が

大切な時間を過ごしてくれた

うれしい日も悲しすぎる日も

沢山の感情と沢山の思い出が生まれた





いつも通り美味しくて

いつも通りのみんなや

沢山のお客さんで溢れる店内

またすぐにと挨拶をして店を出た


本当に今日で終わりなのが信じられないくらい

これからも物語は続いていく

そんないつも通りの

最後の日だった






幸せな人生って

ずっと遠くにある理想郷のようなものだと思っていたけれど

それはきっと、空みたいなものなんだなって思った



ずっと同じではなくて

刻一刻と形を変える雲のように



変わらない何かになるのではなく

その一瞬一瞬の状態に過ぎない



だから

幸せな人生というのは

今この瞬間にあって

いつか感じるものではなく

いつかたどり着くのではなく

この完璧でないけれど完璧な

今という瞬間が全て



いつもクライマックスで

いつもプティ・デビューなんだと思った



ここしばらく

センチメンタルさを

感じないようにして過ごしてきた

プティ・デビューからの帰りみち



なんとも言葉にできない気持ちが

胸のなかに深く染み渡っているのを感じていた



そのそばで

はじめてもらった花束にニコニコと笑顔の娘がいる

手を繋いではしゃいでいる四歳の可愛い可愛い娘




こんなに可愛い娘が私といてくれる

その幸せもまた

この瞬間にしかないのだとおもうと

今ここにしかない幸せを大切に感じて生きようと思った



今日で

プティ・デビューの奥さんの私が終わった

よく頑張ったね

おつかれさま

たった今

はじめて自分に

そんな言葉をかけてあげた

そうか

私頑張っていたんだ

そのことにすら

気付かなかった



抑えていたものが

ゆっくり溶けて溢れ出してきた