今日は音楽専門学校でライブがある。
音楽専門学校…
っぽいところに
二年間通った俺の体験を書く。
まず、はじめに言いたい
なにも残らなかった。
音楽専門を卒業して手に入れたものは
思い出以外何も残らなかった
あんなに仲の良かった友達すら残らなかった
みんなきっと
話し相手がいなかっただけなんだろうな
元気かひろあきー!
あれ…?
アキヒロだっけ…?
音楽専門にくるやつなんて
友達がいないやつか
東京にでたらなんとなく成功すんだろっていう
ふわっとした地方出身者ばかりだった
そう、
俺だ。
本当にふわっとしてた
タワレコ?なにそれ?
くらいの地方に住んでいると
音楽はMステがすべてだった
つまりB’z最強だった
夢じゃない あれもこれも
そんなふわっと入ったやつの
3分の1は
ゴールデンウィークで消える
もう来ない
授業料は消えない
俺もかろうじて消えなかったが、
専門へ来た目的は消えかけていた
そもそも目的がしっかりしていなかった
俺は音楽が好きなのか?
なにしに東京さ来た?
毎日自問自答に苦しみ
気づけばアドアーズのメダルゲームを貯蓄する日々
そういえば彼女に
「あんたはゲームやるために東京にきたの?」
と言われたことをたまに思い出す。
授業の内容はというと
まずビートルズ、
セッション、
ヒアリング、
音楽理論。DTM。
B’zはやらなかった
正直な話、
授業の内容は
ググれば全部でてくることばかりだった
パソコンがあればなんでもできる
ただ、DTMの授業は楽しかった
アキヒロ?と曲を作ったり
アキヒロとバイトをしたり
アキヒロという名前のバンドを組んだり。
俺の専門学校はアキヒロで出来ていた
アキヒロという友達ができたのも
ストレスで円形脱毛が出来たのもこの頃だった
ほんと辛かったな
円形脱毛の人の集まるサイトに行って
お互いハゲましあって何回泣いたことか
パソコンがあればなんでもできる
あれから何年かたった
通った専門学校へ久しぶりに行ってみた
無くなっていた
ググったが
どうやら消滅したようだ
パソコンがあればなんでもできる
今さらになって専門へ行ったことを振り返ってみると
俺はきっと
音楽がやりたかったわけじゃなくて
東京にいきたかったわけでもなくて
ゲームをやりに東京に来たわけでもなくて
B’zをやりたかったわけでもなくて
あの地元の田舎にいたくなかっただけだった
自分の未来が想像できるような人生を過ごしたくなかった
自分で選んだ専門に行ったおかげで
アキヒロに会って
アキヒロから卓球を教えてもらって
卓球を通じて
いろんな人と知り合えた
ってなんじゃそりゃ
想像もできない未来に来てたわ
思い出以外なにも残らなかったって初めに書いたけど
そんなの
人生共通して当たり前のことだったわ
どうしてこう
友達って移り変わるんだろうか
友情は死なない
仮死状態にはよくなる
いらない何も捨ててしまおう