最近立て続けに、

ヌーソロジーの半田広宣さん、

ワイタハ族テポハウロ長老、

佐藤愛子さんの訃報を聞きました。

半田広宣さんのYouTubeを久しぶりに見て、

サアラさんのおっしゃることに似ているなと思った矢先だったし、


久しぶりにシオンの山に登ったら、

魚谷佳世さんから、

テポハウロ長老がシオンの山を祀るもう最初の頃にはここに来てくださり、

大切なことをいっぱい教えてもらったと聞いたばかりでした。

シオンの山に不思議な石が祀られていて、

その石から宇宙に向けてここは地球ですよと信号を送っていて、長老はその信号をキャッチしシオンの山を訪れたのだそう。

長老のいるニュージーランドは銀龍、日本は金龍✨✨✨



佐藤愛子さんは、図書館で久しぶりに「ぼけていく私」という最近の本を借りてきていました。

愛子さんのインタビューは、途中で体調をくずされて続けられなくなり、娘の響子さんと孫の桃子さんが愛子さんについて語られていました・・・愛子さんが認知症だということも知りました。



そして、また、偶然、図書館で「沈黙の作法」も借りてきていました。

柳美里さんと山折哲雄さんとの対談本📕

これも死や生について考えさせられる本でした。




お二人は、テレビ番組で共演したり、美里さんの青春の全てを賭けた長編「命」4部作の最終巻「声」に山折さんが解説を書かれていました。

「命」4部作、私も読みました。

恋人(東由多加)の癌闘病と自分の出産をめぐる過酷な出会いと別れの物語・・・

20年以上前なんですね。

細かいことは忘れてしまったけれど、あまりに剥き出しの美里さんからほとばしり出てくる痛みや重苦さは凄烈で、その感覚は今でも覚えています。



それから時は流れ、2011年3月11日、東北を襲った地震、原発事故・・・

美里さんは、被災地の人々との交流を深め、南相馬に移住。

福島原発から16キロの警戒区域で本屋を開かれたということは知っていたのだけれど、

彼女が震災から福島に通い詰めて、ラジオで震災にあった方々の声を聴き続けておられたとは知りませんでした。

あれから美里さんは、原発事故で疲弊しつくした土地で、まったくの手作りによる復興仕事に取り組もうとされていたのですね。

美里さんを福島に向かわせたのは、ダムに沈んだ母の古里の景色とフクシマが重なったのも✨✨✨


山折さんは前書きで、こう書かれていました。


"そのとき柳美里さんは、あの『命』四部作に没入していた時期とは打って変わって、むしろ生き残った者たちにとどける相聞(愛)の歌をうたう、新生の巫女に変貌していたのかもしれません。

本書は、そのような人との、長い長い沈黙の時をはさんだ、対話の記録です" 



悲しみに浸ることの先にある快復と解放


美里さんが臨時災害放送局の番組で、南相馬で暮らす600人の話しを聴く中で、いったいどうすれば彼らの胸を塞いでいる悲しみの水路を作ることができるのかを考え続けてきて、

その一つの答えが演劇だったそうです。

戯曲には震災時の実体験を書き、街の人を俳優として巻き込んで、一人一人の話しを聴くことから生まれた作品「静物画」「町の形見」


美里さんはこう書かれていました。


"力ずくでいきなり開くのではなく、勢いよく踏み込むのでもなく、かといって、触れない、目を逸らすのではなく、手当をするようにそうっと触れる"



も少し、読み返しながら、いろいろ考えてみたくなりました・・・




「現地の風景と出会って」 エッセー集「福島県南相馬市小高区東町1―10」発刊

   下差し






こんな優しい天使さん👼いるんですね💓