なかひらまいさんの
古代紀国の女王
『名草戸畔』の物語は、
5年の歳月をかけて、
自らその足跡を追い、
見て感じた・・・
その場に立ち上がってくる
古代の木の国の女首長の思い
と、
名草戸畔の末裔だと信じ、
2000年の時を経た今もなお、
記紀とは違う口伝や伝承を
大切に守り続けている名草の人達の思い
を受け、
なぜか
伝える側に導かれてしまった
まいさんの
摩訶不思議な物語でもありました。
まいさんは
名草戸畔に選ばれた人だったのでしょう。
奇跡がバンバン起こる✨✨✨
必要な人に出会い、
必要な本を手に入れ、
なんなら走ってるはずもないタクシーまで
目の前に現れてくるのでした。
そんなびっくりするラッキーの連続の陰では、
巻末の膨大な参考文献のリストにみる、
まいさんの名草戸畔に真摯に向き合った5年の歳月があったことを、
あらためて感じるのでした✨✨✨
忘れられた古代紀国の女王の舞台は紀の川のあたりになると知って
淡路島の沼島の上立神岩から海を隔てて遠く対岸に見えていた和歌山の景色が目に浮かんできました。
オノコロ島と言われている沼島
上立神岩は天の御柱か✨✨✨
海の向こう、かすかに見える陸地が紀国だ✨
そうだ、
遥かかなたに見える陸地に少し凹んだ所が見てとれる。
そこが紀の川
そこから淡路島と沼島の間を通り、
四国徳島の吉野川まで
中央構造線が走っているのです。
わかりますか?
凹んでる所‼️
沼島と淡路島では地層が違うんです。
そうか、そうか、
あそこが名草戸畔がいた場所だったんだと
とても感慨深く、
あの日の光をいっぱい浴びた海を
スンダランド系海人族の名草の民は
赤銅色の肌を輝かせて、
(昔、司馬遼太郎さんが和歌山の人の身体的特徴を肌が赤銅色って書かれていたのが印象的過ぎて、思わず、名草の民も赤銅色にしてしまいました😆)
九州から瀬戸内を通り、
新天地紀国へ向かって
航行していったのでしょうね🛶
名草戸畔の物語を読んだら、
同じく古代熊野の女首長
ニシキトベのことも
知りたくて知りたくてしょうがなくなりました。
調べてみると、
な、な、なんと、
佐藤シューちひろさんの
『ニシキトベの復活』がKindleで読めることがわかり、飛びつきました。
読みたかったんだーーー❣️
ちひろさんのニシキトベへのアプローチは
まいさんとはまた違って、
芸術家らしく
ニシキトべのいた森で寝泊まりしながら、
ニシキトベの声を聞き
ニシキトベの像を作り、
ニシキトベの封印を解こうとするものでした。
封印解きはちひろさんはお得意‼️
磐座 水脈 龍脈 レイライン テレパシー ダウジング 鉱物
興味深いことてんこ盛り💓💓💓
神武はいたのか?いなかったのか?
そのような人物はいたのでしょう・・
その神武軍団に殺されたとされる
古代女王二人
名草戸畔
ニシキトベ
もう一人の卑弥呼たち✨✨
口伝、伝承を大切に守り続ける人達に伝わる
記紀とは違う物語が
こうしてまた世に現れてくる時代の流れは
もう止められない‼️










