妹というより娘のような彼女が
いつも一時帰国すると
さきさぁーーーん
と家族よりも親友よりも私に真っ先に連絡くれる
今回はどこに連れて行こう
彼女の友人が
ご家族が案内しなさそうな場所
そうだ!
有馬温泉に行こう
昔みたいな温泉街では実はなくなっていて
夕方に店が閉まって晩は食べるお店がほぼないに等しい
ホテルで食事
朝食なんてどこもないのでホテルしかない
なんてところが
朝ごはんあるよー
晩もあるよー
しかも
いろんなお店があって
創作串カツ
すきやき
豆乳鍋
韓国料理
有名な美味しいお蕎麦
お好み焼き
パンケーキだって
ジェラードだって
豆乳ソフトクリームや
チーズケーキの食べ歩き
みたらし団子だって
洋食だって
イタリアン料理だって
本当にいろんなお店が出来すぎて
あっ猪肉の豚まんみたいなやつだって
抹茶カフェだって
異国のこだわりのおしゃれなカフェだって
色々出来た
待ち合わせの彼女をみて
あれ?妊娠した?
いるよね?に
家族にも親友にもまだ話してなくて
話せなくて
8月に日本に帰ろうと
と泣き出す
いま、彼女がいる国は
戦争が起きて
村の若い男性が
戦争を知らずに
赤紙?みたいなので呼び出され
何を持っていけば?で
洗剤や消毒を持っていくという
戦争を知らない
闘い方を知らないまま行って戦死で
お葬式が何処かで行われ
自分がその子が小さい時から知ってる子が
戦死して
お父さんはお国の為に戦ったと読み上げる
そんな違和感感じ
彼女がそこの国で初めて保育園を作ってて
理由は小学校に来ない子供は何故?に
弟や妹の面倒を見なきゃいけないから行けない子供をなんとかしたくて
日本で募金をかき集めて
保育園を作ったのだ
それが10年以上
いま、やっと国が認めて助成金が出て
子供も200人
大人は300人という
え?
え?
と思いつつ
やっと認めれたから自分の役目は終わったし
戦争というわけがわからない不安の中で
子供をこの国で出産する未来を感じなくて
でも16年ぶりに日本に帰ってきて
大丈夫なんだろうか?
なので元行政で母子家庭なども何年も携わってて
母子寮を今でも支えている人に引き合わせた
私もその人も彼女なら大丈夫という変な自信だった
彼女の考え方なら
あいつの子供だという前にご自身の子供という捉え方を全面に出しているし
資格もある
しかも募集がめっちゃある資格で
彼女は我慢強い
ただ、日本で生活保護を受けるにも
住居がないと
住民票がという彼女に
元行政は
戸籍謄本に紐付けされているので
そこから住民票は探し出せる
いろんな彼女の不安を
制度はこう
順番はこう
と説明をする
元行政は私に
資格もあるし
それよりも子供をしっかり育てる環境づくりが大切だから
さきちゃんの家の近くでと←え?
外人さんが多い←どちらかというと欧米人
シェアハウスにもしかしたら住むかも
理由は生活保護の家賃の問題
元行政は設定されてる家賃では劣悪な環境しかない
そうなると子育てとか云々
彼女は海外暮らしで
あの性格ならシェアハウスは大丈夫だろう
大家さんも引き合わせて
大家さんは小さいお孫さんだらけで
赤ちゃんがお腹にいるってので大喜び
彼女の不安が解けていく
子供はみんなの宝だ
そんな考え方の人たちに囲まれて
私はなんだか嬉しかった
今は
彼女が闘ってきて、やっと国が認めたからと
そこの国の保育士をも彼女は育てて
私の役目は終わった
ここで私がやれることはもうない
なんて口にした彼女の気持ちがぶわっと出てきて
涙が
元々母子家庭で
母親は亡くなって
姉は家庭を持っていて
実家もなく
日本での私の居場所はあるのだろうかという不安を抱きながら
お腹にいる子供をおろす選択肢は彼女にはなくて
だって私の子供だよという
日本に帰っておいで
居場所はあなたの気持ちでどうにでもなる
今度会った時は
お帰りなさいと抱きしめよう