梅田の飛び降りのニュースを見た。


あの人は、なんで死にたかったんだろう。


本当は生きたかったんじゃなかったのか。


明日は我が身。


自分が同じシチュエーションになった事を考える。


何かしら人生に絶望した。


死ぬなら、できるだけ高いビルを選ぼう。


入りやすい所。乗り越えやすい柵。


そんな事を考えながら行き着いたビル。


まだ昼間だけど。


ここから降りたら迷惑かかるけど。


死ぬことでいっぱいになっている頭に、
そんな事は浮かばない。


上まで上がってきた。


エレベーター内には楽しそうに笑う人たち。


自分と同じ階や場所をを目指している人達と


自分の目的は明らかに違う。


着いてエレベーターを降りる。


そこに疑念が芽生えたかどうかはわからない。


もしかしたら何も浮かばず一直線に目指したのか、


ダメと分かっていても動いてしまえと身体がそこへ向かったのか。


私は周りの人の目を気にせず無理やり柵を越える。


また彼女は選択を迫られる。


すぐ降りてしまおうか。

下の人が引いてからにしようか。

誰かが引き留めてくれないだろうか。

それとも最後の景色、いつもなら見れなかった風景を見ておこうか。


それを見て自分が終止符を打とうとしている今も動いている人、時間、晴れた空が絶望した感情を助長させるか。


それとも、いいじゃんって希望を抱けるのか。


思ったより勇気が出なくて怖くなってきた。


でも身体は言うことを聞かない。


警察がやって来た。


助けてほしいという感情と共に、


いや、自分はここまで事を大きくしてしまった。


このまま戻っても、またつらいことばかり。


おまけに顔が割れ、生きていくのが苦しくなるだろう


たくさんの賠償金を抱え


生きたくない人生を生きなければならない。


今こうやって色んな言葉を投げかけて説得している警察官も、


私がその手を取って戻れば、他人行儀になってなんて事をしてくれてるんだと怒るのだろう。


もっと生きづらくなるのだったら、私は死にに来たんだから


やっぱり飛び降りなきゃ。


どんどん追い詰められていく。


もはや戻る選択肢なんてない。


下では人が集まってる。


こんな自分を周りは見世物のように扱ってる


スマホを掲げている人


立ち止まってただ見ている人


その時自分は、最後に注目を浴びて気にしてもらえていると。


悪くも顔も知らない誰かの記憶に自分は残るんだと嬉しくなるのか。


それとも、やっぱりこの世の中に自分の味方はいない。腐敗してると嘲笑うのか。


あとは自分のタイミング次第だろう。


何もかもを自分の中で回答し終えたとき、


最後に背中を押すやっぱり死にたい。


その感情が出てきて心の中が静かに真っさらになった時、私は宙に身体を倒して。


その時にはごめんねって感情や後悔や憎しみやいろんなものが出てきて


でももう私は降りてしまったから。


後戻りはできないんだって思った瞬間に地面に着く。そこで意識が消える。





そこまで考えた。


これを考えても、生きたいとは思えないし


むしろ最終的に飛ぶ事を選んだあの人はすごいなって思うし


今まで育てられてきた心の中の偽善者が、


色んな言葉を発してくるけど


それでも割り切れない感情がいくつも浮かび上がってくる。


電車を待つたび


賠償金や周りの人への迷惑が語られる中


それでも電車に飛び込んだ人はいるんだよなぁ…とか


車に飛び込んだ人は電車より速度がないからすぐ死ぬことができなくて痛かったのかなぁとか…


それが一瞬よぎる。


でも私はまだその後を考えることができる。


周りへの迷惑、家族に残るたくさんの賠償金。


それがたとえ自分を苦しめていたのが親だったとしても


関係ない弟たちを巻き込むわけにはいかないと。


まだ理性がある。


その理性は本当に極限状態でもギリギリ働いていて、どこかで俯瞰して見ている自分がいるから


私はまだこうやって親不孝者として生きている。


でもその理性が無くなった時が


本当に自分が終止符を打つときだろうなと考える。


それがいつ訪れるかは自分にもわからない。


もし私が去年の10月から今に至るまでにその時が訪れていたら?


貶して突き放せば自立すると思っている母親は、私がもし死んでいたらどうしたのだろう?


音信不通になっても連絡をよこさない母親


口ばかりで心配なんてしてない人はどんな風に物事が見えるんだろう。


行動や言葉が私を追い詰めているとも知らず、



昨日も母親からは私を思っての説教という名の


愚痴や批判や貶しを受け


自分が矛盾している行動を取っていても


それに気づかず正しい事を述べ私に強要する。


あなたが一番守れていないのでは?


そう思いながらも言えない。



そんな話を聞きながら、


どうせ私は生きるつもりないし。


好きな趣味が無くなったとき、


どこかのタイミングで上手く死ぬか病気にでもなるつもりだしって。


だから不健康な生活してたって、もう持て余してる時間を短くする為の一歩だし


早く死ねないかな〜って。


心のどこかでそう言ってる自分がいる。


そう思うことで、毎回毎回母親から押し付けられる生きていかなければいけないんだっていう言葉から


少し逃れられるような気がして。


別に人生の全てに絶望してるわけじゃない。


好きなものがあって、それを見ているときが一番幸せだ。


自分にも幸せに思えるものがあるって


これがある時代やこの人が生きている時代に自分が生まれたことってすごいことだなって


同じ時間を生きてて、同じ世界のどこかにその人がいるって思うだけですごいなって


これを見ることができて、よかったって。


そういうときばかりは、産んでくれてありがとうって思える。


でもそれも永遠じゃないし。


だから自分を支えている一本一本が無くなったとき


死ぬんだろうなって。


この先も、弟達は私みたいにここまでコケる事もないだろう


むしろ足を引っ張る存在でしかない。


ならまだ記憶が書き換えられる時期に私が消えた方が弟にとって良いんだろうが


まだそれを実行できる気はしない。


だから私が消えるとき、もしかしたら弟達には迷惑をかけて傷を残すかもしれないけど


でも所詮他人だから。


家族だろうと1人の人だし


半分血は繋がってないし。


だから楽しく生きていけるよ。


だから姉ちゃんは多分消える事を選ぶと思うけど。



ごめんねって思いを抱えながら


この前も弟達と話してた。


今日はもう母親に会いたくないから、


会わないようにする。


多分ここまで気分が落ち込むのも、ホルモンバランスの乱れに


あの人の行動がたまたま重なって


ここまで沈んでいるんだと思う。


私が今囚われているものは


これから先も清算できる事はないだろう。


もし清算できるとしたら、よほど自分が幸せと思える大きな何かを手にした時じゃないと


忘れる事はできないと思う。


自分の中のランキングがつらいことで埋め尽くされている中に


何か変動が起きない限り、格落ちはない。


それを変えるのも自分だって気付いてはいるけど


生きる希望がこの世の中に見出せない私は


動けずにいる。


本当は、助けてくれるもんなら助けてよ


私だって地蔵じゃない。


何かきっかけがあれば自分で歩ける。


でもそのきっかけさえも与えてくれるような人はこの世にはいないし、これからも存在しない。


みんな自分が大切で他人なんか興味ないんだから。


あの人がこの行動を取ったことで、囚われているものから解放されていたらいいなと思う。


死ぬ直前に大きな後悔を抱いていなかったんだとしたら


それは幸せな選択ってことになるんじゃないかな。


死後の世界は無いと思ってるけど、


安心しているといいなって思う。