フジテレビの球体展望室『はちたま』内にて、11月13日まで
南三陸町の町の写真屋さんこと、
佐藤信一さんの写真展が開かれています
佐藤信一さんとは、4月に南三陸に行ったとき何度も会っています。カメラを構えているイメージと、静かに飲んでいるイメージ、覚えていてくれてるかな。。
信一さんの奥さんはとても気さくな方で明るくて楽しい、とても魅力的な方でした。私は奥さんのこと大好きです。
息子さん(小学生の方の)とは、避難所の志津川小学校で一緒にドッヂボールとかして遊んだ思い出があります。
そんなこんなで、この写真展があると聞いてから、絶対見に行きたいと思ってました
そしてフジテレビへ

写真展、行ってきました。
一番最初に飾ってあった写真は、

2007年の南三陸町
まだ平和な風景
このときは、まさかこんな大災害がおこるなんてだれも予想してなかったはず
私の知らない頃の南三陸町
むしろきっと大震災起こらなければ、自分は一生知らなかった場所かもしれない
でも起こってしまった 災害
3月11日の津波にのみこまれる町、
信一さんの写真見て、はじめて防災庁舎が真っ白な建物だったことを知った
これは、4月に自分が撮ってきた写真
のみこまれるまえの、屋上に何十人もいる写真
完全に屋上まで津波にのみこまれた写真
手記にも書いてあったし、町のみんなから実際聞いたこと
『地獄そのものだった』
その言葉の通りの写真
津波から何日かの写真は絶望そのものと感じてしまう写真しかなかった
でも、写真の日時が進むにつれ、少しづつだけど前にすすもうとしている画が…
避難所でラジオ体操が始まった写真
すこしづつ、写っている人たちの表情がやわらいでいる写真
なによりも子ども達の笑顔
その中で、とても懐かしい写真が

避難所の夜、志津川小学校の体育館横にあるいこいの場
4月、自分達がいた頃、毎日この場所で焚き木を囲んでいました
この写真に写っているほとんどの人がわかる
南三陸の方も、ボランティアも、もっといえば炊き出しにきていた海外の方なんかも、いろんな人がこの場所で語り合って、楽しいひとときをすごしていた。
楽しみなくちゃ、人間つまらない
人とひとが交わらなくっちゃ、さびしいだけだ
何よりもこの場所で、南三陸の人々の暖かさを感じた
本当は、思い出したくもないであろう震災当日の出来事
ひとつひとつ聞かせてくれた
この写真は、一次避難所だった志津川小学校最後の夜の写真
もう避難所は閉鎖されていて、この場所はなくなっているんだろうけど
またいつか、みなさんに会えたらいいな
12月にもう一回南三陸行ったとき、何人に会えるかな
もちろんボランティアで行くから、日中はボランティアセンターの仕事やるけどね。
復興するまで何年かかるかわからないけど、何回でもおじゃまさせてください
何回でも、一番はじめに飾ってあったような写真のような、穏やかな町並みが戻るのを見にいきます
…11月13日まで写真展やってます(^-^)
ぜひ、皆さん行ってみて下さい☆
明日いよいよ入院の
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