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世界の家庭料理を一つのテーマとして研究しており
やっぱり昔の日本の家庭料理は、まさに『ハイスペック』
そう思ってもらえる日本の家庭料理をできる限りは残していけたらなと
感じております。
今の現状の日本は、どうかなと言いますと、物価高騰のため
料理というより自炊派が増えているように思えます。
外食の方が安くつくという人も多いからでしょうし。
外食よりも美味しく料理を作れる人は、外食より家の方が良いと、はっきり言える人もいますしね。

それプラス、上手に納得の金額で、上手に料理をされている方もいらっしゃいます。
それらを知るには『料理の食材』を見るとよくわかるものです。そして『料理のメニュー幅』も、その人の料理力を判断できる一つ。

品数が多くても、作り置きをなん度も数日に渡って、同じ食卓に登るのであれば、料理の手数は少ないと言えます。
そしてそのお料理が野菜ばかりですと、ワンパターンの調理法も多いので『なるほど』ともなります。

料理雑誌をパラっと見ていて気づきましたが
時代が変わってきた証拠に『ミニマル料理』の方向へ向かっており、その前はタイパで、その前はコスパ時短簡単。
まさに物価高騰で『節約志向』に移っています。
(抜粋)
最近の物価高で節約志向が高まった人は46.1%と前年比微減 「内食」「光熱・水道費」「外食」等が節約対象 一方、“たまの贅沢(ぜいたく)”では「外食」が55.2%と圧倒的支持 (ここまで)

という関係の記事をよく見ますが、日常の生活からもそれは肌身に感じるものです。
今までは、日本の食品、食材は過剰供給であり、無駄が多く、結局は食品廃棄などになった上に、価値が低いものを付加価値をつけて、価格に見合わないものも結構、今でもあります。物価高騰で、要らないものは買わないと普通になります。
なのでミニマルな料理にシフトしていくのも、頷けます。
ネットも雑誌も、あれだけグルメを打ち出してはいたものの、昔からの料理雑誌でさえ、簡素なレシピが増えました。
同じレシピが重複しているので、これも過剰供給です。
情報も同じものばかりが何千通りと出されており、『レシピも想像発想力がミニマル?』と感じます。今まさにそれらが強まっています。
ここ数十年で、随分とミニマルでタイパで時短で、コスパで料理が増えたことは
自炊派を増えさせた気もします。
けれど手間暇がかかるような、満足度の高い料理を、作れない人が増加しています。
そうなると外食は特別なものとなるのだろうと、分析しておりますが。
料理でもなんでもですが、質量をどれだけもち、経験がどれほどのあるかで
生み出すものの質と量が、変わってくるわけです。
料理って一番、わかりやすいんですよね。調味料は塩と胡椒と油だけっという諸外国の料理自慢も多いわけですし。
けれど日本はびっくりですよね。調味料だけでも塩、味噌、醤油にソースだけでも何種類とあり、油も何種類も使い分けれますし、味醂や砂糖類でもまた多く、外国由来の調味料もあふれています。
それらを使いこなせないとミニマル料理になりそうですが。
ミニマル自炊?かな。
けれど、少し質量が多いだけでも、自炊も料理の質がぐんと上がり、効率よくなるはず。
料理を高めるということは間違いなく教養であり、教養こそ文化人として
とても必要な学びだと感じます。
ただ食べお腹を満たすだけじゃない、そこに美味しさや楽しみや喜びが加わるのも、料理を教養と感じる気持ちがあるからなはず。
私が常々、思うことはやはり子育てしているからこそ、親が料理という教養を持つことが
どれほど大切か。これを感じることが多いのです。子育てには年間の行事も多く、子供自身が親からたくさんのことを感じて学ぶ最大の時間です。
楽してなんでもできればいいのですが、現代人、そうとはできず、時間もお金も労力もかけないと習得できないことが山ほどあるものです。
親が知らないことが多いと、子供も知らないことが多く
会話自体も楽しめないものが多いものです。
人間の魅力はなんていっても、社会的コミュニケーションで一番、わかりやすい。(コメント欄に続く)